現役時代は広島などで俊足巧打のスイッチヒッターとして活躍した高橋慶彦は、昨季まで9年間に渡り、千葉ロッテでヘッドコーチや2軍監督などを務めた。その間、西岡剛(現阪神)をはじめ、若い野手を次々と1軍の戦力に引き上げており、指導力には評価が高い。今は現場を離れ、外から野球を見ている高橋に、長いユニホーム生活で培われた独自の理論を二宮清純が訊いた。
二宮: 慶彦さんの通算盗塁数477は歴代5位。3度の盗塁王にも輝いています。その一方で盗塁死も多かった。広島時代は5度、盗塁死がリーグ最多でした。
高橋: 僕個人の考えですが、盗塁は相手が警戒している中で走ってこそのものではないでしょうか。明らかにセーフになる確率が高い時に走れば、成功率は100%近くになっていたはずです。でも、それではバッテリーに本当のプレッシャーはかけられない。僕が塁に出たら、常に走ってくると相手に思わせることが大事なんです。

二宮: リスクをとらないと、チャンスは生まれない。たとえアウトになっても、走り続けることが無言の圧力になると?
高橋: 監督の古葉(竹識)さんだって、「行け」と後押ししてくれましたからね。ある時期からは盗塁に関してはノーサインでした。一塁に出た瞬間からプラカードを持って「走りますよ」と相手ベンチやファンに宣言していたようなものです。

二宮: 慶彦さんはリードオフマンだけでなく、クリーンアップを任された時期もあります。20本塁打以上を4年連続でマークし、その役割を果たしました。ただ、個人的にはトップバッターとして、ずっと活躍していたら名球会入りできたようにも思いますが……。
高橋: そりゃ、僕も1番のほうが楽しかったですよ。ビジターの試合だと、プレーボールで誰も入っていない打席に入れて気持ち良かった。初球を打ってよく怒られましたけど(苦笑)。まぁ、3番を打つ重圧も分かったから、指導者になってからは役立ちました。

二宮: 確かに初球打ちも多かったですね(笑)。トップバッターはボールをじっくり見て、ピッチャーの調子を見極めるのがセオリーだと言われますが、慶彦さんの考えは違うと?
高橋: だって、試合開始直後の初球が一番甘いですから。ピッチャー心理からして、いきなりボールからは入りたくない。むしろ狙い目なんですよ。昔はスリーボールになったら、「1球見逃せ」と徹底されていましたけど、最近は自由に打たせるケースも増えてきています。これも絶対ストライクを取りにくるわけだから、同じ発想ですね。

二宮: でも、スリーボールから凡打になると、相手ピッチャーを楽にしてしまうし、もったいない感じもします。
高橋: もちろん。だから、要はそのボールをしっかり仕留められるか。ヒットになる確率が高いと判断すれば、打ってもいいと思いますよ。むしろトップバッターの場合、見逃したほうがいいのは3−1(スリーボール・ワンストライク)のカウントです。

二宮: それはなぜ?
高橋: トップバッターはピッチャーとしては、できれば歩かせたくない。3−1から3−2になれば、余計に「ここまできたら」という思いが強くなります。3−1の時にストライクを取りにきたボールより、さらに甘く入ってくる確率が高い。だから3−1になったら、3−2になっても待ったほうがいいんです。

二宮: なるほど。よく「3−1からが勝負」と言われますが、状況やバッターによっては、そのセオリーは当てはまらないわけですね。
高橋: 僕はセオリーって、単なる言い訳だと思っています。みんなを納得させるための言い訳。「セオリー通りやったけど、うまくいかなかった」となれば、「それはおかしい。間違っている」と反論できないでしょう? でも、はっきり言ってプロ野球は結果がすべての世界です。セオリーだろうが、そうでなかろうが、成績を残したほうが正しい。セオリー無視といえば、ダイエーのコーチ時代、僕は王貞治監督に進言して、0−2から村松有人にセーフティバントをやらせたことがあります。

二宮: 追い込まれてからバント!? ファールになったら、すぐにアウトです。
高橋: まずスクイズではないから、ボール球であればやる必要はない。ストライク限定のバントです。方向も三塁側に流すと打球が切れてファールになる可能性があるので、一塁側へプッシュバントをさせます。これをやると内野手は予期していないから、8〜9割はセーフになる。もちろん、本人にもずっと教えて練習させていました。成功する自信はありましたよ。

二宮: まさにセオリー無視の奇策ですね。
高橋: でも、こういった作戦をやっただけで、相手は警戒しますよね。“2ストライクでもセーフティがある”と意識させれば、ピッチャーが追い込んでも内野は深く守れなくなる。内野が前に来ていれば、ヒットコースは広がります。たとえ、バントが失敗しても、後々のことを考えればプラスになるかもしれないと考えるんです。

二宮: 特に長いレギュラーシーズンを見据えた時には、失敗がプラスに働くこともあると?
高橋: ええ。その意味ではオープン戦が大事です。失敗して負けても許されるゲームだから。最近は情報網が発達していて、何かをやれば瞬く間に他球団に伝わる。無茶な作戦でも1回やっただけで、年間通じて「このチームはこういうカウントで仕掛けてくる」という内容がレポートに入るんです。今は良くも悪くも情報過多なので、それを利用しない手はないですね。こういった考えを持って、昨季の終盤からいろいろやってきたのがオリックスですよ。

二宮: 森脇浩司監督とは広島で一緒にプレーしていますね。
高橋: 彼は昨季、残り9試合で監督代行になりましたが、ロッテ戦で無死一、二塁からエンドランを仕掛けてきた。あるロッテの選手はベンチに帰ってきて、「残り試合も少ないのに、こんなことしたって意味ないでしょう」と言っていました。でも、僕は「いやいや。そんなことないぞ」と。

二宮: 無死一、二塁ならセオリー通りなら送りバントです。ただ、森脇監督はエンドランも仕掛けてくるとなると、守りのフォーメーションも変わってくる。
高橋: その通りです。僕だってロッテで2軍監督の時には無死一、二塁でエンドランのサインを出したことがありますからね。一、二塁からのバントは難しくて失敗するケースも多い。バッターの力量にもよりますが、ゴロを転がせるならエンドランの方がランナーを進められる確率が高いんです。これをやっておくと、相手も100%のバントシフトは敷けなくなりますよ。孫子の言葉に「兵は詭道なり」というものがありますが、選手を教育して、普段から布石を打っておくことが大事ですね。

二宮: 数ある野球のセオリーで、最も一般的なのは「左対左はバッターが不利」というもの。ただ、左バッターの中にはサウスポーを得意にしている選手もいますね。
高橋: 左対左がバッター不利なら、右対右も同じ話になるはずです。でも、そうは言われない。これは単に左ピッチャーのほうが少ないから、左バッターが慣れていないだけのことですよ。正直、慣れれば左対左のほうが長打を打ちやすいと思いますね。

二宮: その根拠は?
高橋: スイッチで両方やった経験上、右対左、左対右の場合は、ボールが対角線上に懐へ入ってきますから、しっかり芯でとらえられるポイントは1カ所しかないんです。それを逃すと、全部詰まった当たりになってしまう。でも左対左、右対右の場合は前の肩を開かなければ、シュート系のボール以外はすべて追っかけて、芯でつかまえることができます。だから長打が生まれる可能性が高い。

二宮: でも、慶彦さん自身は右ピッチャーの時は左打席に、左ピッチャーの時は右打席に立っていましたよ。
高橋: 右対右、左対左のネックは、どうしても背中側からボールが来るので恐怖心が出てしまうこと。体中に防具をつけて打席に立ってもよければ、右対右、左対左で勝負したと思いますよ。ピッチャーもインサイドを突くことで、その怖さを増幅させますから、どうしても体が開いてしまう。だから打てないんです。その恐怖心さえ克服できるのであれば、左ピッチャーにすべて右の代打を送る必要はない。

二宮: こういった野球観が培われたのは、やはり広島時代の古葉さんの影響も大きいと?
高橋: 古葉さんはじめ、先輩方がどんな野球をしてきたのか。「温故知新」の精神は大切ですよ。古葉さんからは、「アウトで点をいかに取るか」を教わりました。よく点が取れないと、「タイムリー欠乏症」という表現を使いますよね。でも、バッターはどんなに打っても打率は3割です。むしろタイムリーなんて、めったに出ないことを前提に考えるべきでしょう。三塁にいるランナーをヒットではなく、犠牲フライや内野ゴロで還せるようにする。特に僕や山崎(隆造)、正田(耕三)あたりは、“ゴロゴー”でスタートを切る練習をめちゃくちゃさせられました。

二宮: そういった細かいプレーを徹底したところに当時の広島の強さがあったわけですね。最近は“ゴロゴー”よりも、バットとボールが当たった瞬間にスタートを切る“ギャンブルスタート”が流行っていますが……。
高橋: そんな作戦を取らざるを得ないのは、打球判断の教育を徹底していない証拠ですよ。僕らは、ボールが当たった瞬間に、その角度でゴロかライナーかフライを見極めていました。その意味では反応のタイミングは今のギャンブルスタートと一緒です。ただ、どんな打球が飛ぶか、瞬時に分かるから、ライナーやフライでバックもできる。こういうことをやっておくと、バッターも「バットに当てれば点が入る」と気楽になります。それが結果的にタイムリーの確率を高めることにもつながるんです。

<現在発売中の講談社『本』5月号、25日発売予定の6月号でも、高橋さんとのインタビューが載っています。こちらもぜひご覧ください>