(写真:全日本学生柔道体重別選手権大会は今年で男子は36回、女子は33回を迎えた)

 3年後の東京五輪に向け、日本柔道の視界は良好だ。8月の世界選手権(ハンガリー・ブダペスト)において、個人種目7階級で金メダルを獲得し、今大会から採用された男女混合団体戦では初代王者に輝いた。同大会では大学生の活躍が目立った。男子66kg級の阿部一二三(日本体育大2年)、同100kg級のウルフ・アロン(東海大4年)、女子48kg級の渡名喜風南(帝京大4年)が初出場で頂点に立った。そんな中、学生No.1を決める全日本学生柔道体重別選手権大会(全日本学生体重別)が9月30日からの2日間、東京・日本武道館で行われた。熱く爽やかな戦いに出場した今後注目の2選手を紹介する。

 

 地道に積み上げていく自信

 

 世界選手権に出場した選手の中で唯一、今大会の畳に上がったのが女子70kg級の新添左季(山梨学院大3年)だ。新添は世界選手権では団体戦メンバーに選ばれ、2戦2勝で優勝に貢献した。「世界選手権はどの国際大会とも雰囲気が違いました。そこで畳に上がれたことはすごく自信になり、勝てたことは私にとって大きかったと思います」。初出場の大舞台で経験と手応えをハンガリーから持ち帰った。

 

 その変化は新添を指導する山梨学院大の山部伸敏監督も感じとっている。

「準決勝、決勝は出られませんでしたが、世界選手権の畳に上がれた喜びや日の丸を背負うプレッシャーも感じられたと思う。初めて目標に“世界”を口にするようになりました。私は“手の届くところにいるんだよ”と言ってきたけど、なかなか実感を持てなかった。それが、今は少し見えてきたのかな。今回の世界選手権でいい経験をさせてもらったなと思います」

 

(写真:「常に自分の組手に持っていき、技数を増やしたい」と自らの課題を語る新添<左>)

 新添は世界選手権で個人戦、団体戦準決勝以降の出番がなかった。同階級に新井千鶴(三井住友海上)がいたからだ。今年4月の全日本選抜柔道体重別選手権大会(全日本選抜)決勝で敗れた相手は世界選手権で頂点に立った。悔しさはもちろんある。だが、一方でライバルの存在をポジティブにもとらえている。

「国内に世界チャンピオンがいる。すごく恵まれた環境で柔道ができているなと思います。胸を借りる気持ちで自分自身は大きく成長していけたらと考えています」

 

 新添は2歳上の兄の影響で、6歳の時に柔道を始めた。中学、高校と全国大会の舞台には立ったものの、全国制覇はできなかった。高校卒業後は大学には進まず、就職するつもりだったという。彼女を熱心にスカウトしたのが、世界選手権2度制覇の浅見八瑠奈らを育てた山部だ。名伯楽は新添に光るものを感じていた。

「私から見てすごいポテンシャルを持っていました。得意技を持っていることと、しっかり組めるところが良かった。しっかり組めるということは技術でもあり、相手を怖がらない心理的な部分もあります。彼女には組んで技をかけられる強みがありました。私はそこに惹かれ、伸ばしたいなと思ったんです」

 

(写真:内股は「ずっと得意技としてきた。これからも磨きをかけていきたい」という武器)

 彼女の得意技は内股。言わずと知れたシドニー五輪男子100kg級金メダリストの井上康生(現男子代表監督)の代名詞だ。山部は「内股には井上監督のようにパーンと足を一発で弾くものと、山下(泰裕)先生のように繋いで繋いで決めるものがあります。新添の場合は2つをミックスしたような内股です」と解説する。新添はこのオンリーワンの武器を磨き、山梨学院大の柱へと成長した。

 

 山部は細かい点を指導することはあっても技術面では大きく手を加えなかった。むしろ積極的にアプローチしているのはメンタル面だ。新添は大学進学まで全国制覇の経験がなかったこともあり、なかなか自信を持てずにいた。

 

 大学2年の春だ。山部は彼女に目標設定を聞いた。新添の答えはこうだった。「11月の講道館杯出場です」。それが山部は許せなかった。新添のポテンシャルを考えれば、目標が低過ぎると感じたのだ。だが彼女の本音はこうだった。「高校までは実績がなかったので、私にとって講道館杯は大きな大会。だから出場することが本当に目標でした」

 

(写真:山部監督<右>は「まだまだこれからの選手」と、新添に更なるのびしろがあると見る)

「オマエの力からして、その目標はない。来年から強化選手に入らないと。そういう目標を持たないとダメだ」

 自らを過小評価する新添を山部は、こうたしなめた。「この目標が低いと言える先生がすごいなと思いましたね」と新添。そして、これを機に彼女は覚醒する。6月の大学団体日本一を決める全日本学生柔道優勝大会ではオール一本勝ちで山梨学院大の3連覇に貢献したのだ。11月の講道館杯全日本柔道体重別選手権大会を制すると、12月のグランドスラム東京大会でも優勝した。今年4月の全日本選抜は準優勝。日本トップクラスの選手へと成長したのである。

 

 振り返って新添は語る。

「オリンピックは小さい頃からの夢。近付いてきている実感はありますが、まだ少し遠い存在です。オリンピックのことばかりを考えるのではなく、目の前の目標に向き合って集中していけば、その先に見えてくるのかなと思っています」

 

 第二の故郷で切り拓く選択

 

(写真:山梨学院大では副主将を務める。言葉より背中で引っ張るタイプの出口)

 新添とは違った道でオリンピックを目指す選手がいる。彼女の1学年上の先輩・出口クリスタ(山梨学院大4年)だ。ただ出口の場合は日の丸ではなく、カナダ代表として東京五輪を目指している。父親がカナダ人、母親が日本人の彼女は今年1月に、その道を選んだ。

「日本で生まれましたし、日本で育ったのですが、家の中ではカナダだった。寂しい思いもありますが、カナダ代表としてでも応援してくれる人は応援してくれます。その人たちの期待に応えられるようにカナダ代表でも頑張っていきたい」

 

 すべてはオリンピックのために――。カナダから国籍選択の打診がきたのは高校2年の時からだ。「その時、自分は『日本でやります』と言っていたのですが、日本の強化方針もはっきりしてきたので現実を見ました。自分の最終目標はオリンピックで優勝。日本で出られたら、それはそれで越したことはないですが、まず出られなかったら話にならない。カナダは第二の故郷なので、マイナスなことではないです」

 

 今後は国際大会に出場するため、今月末の全日本学生柔道体重別団体優勝大会には出場しない。山梨学院大の道着を着ての試合は全日本学生柔道体重別選手権大会(全日本学生体重別)が最後となる。それだけに今大会にかける思いは並々ならぬものがある。

 

 長野・松商学園から山梨学院大に進学した出口。高校1年時に全国高等学校総合体育大会(インターハイ)の52kg級で優勝しており、2年時には57kg級に階級を上げても全国高等学校選手権大会を制した。3年時には全日本ジュニア体重別選手権大会で優勝を果たすなど順風満帆な選手生活を送ってきた。

 

(写真:「小柄な選手」を不得手なタイプに挙げる。その苦手意識を払拭することも課題だ)

 大学入学後も団体戦で結果を残してきた。史上初の4連覇を達成した全日本学生優勝大会では1年時から主力として活躍。先鋒、次鋒を任され、同大会では4年間1度も負けなかった。山部は「勝負所を逃さなかった」と勝負強さを褒めた上で、こう続けた。

「結果や強さでチームを引っ張ってくれた」

 

 だが出口本人によれば、大学では壁にぶち当たったという。

「途中で気持ちが切れちゃったり、試合が嫌になっちゃうことも多かった」

 個人戦では結果が出せず悩んだ時期もあった。「3年になって気持ちの面では改善できたのかなと思っています」。精神面での成長に手応えを感じている様子だ。

 

 山梨学院大卒業後は実業団の日本生命に進む。同社には過去に1人女子選手がいたものの、女子柔道部はない。「社会人になったら自分でできるようにならないといけない。人に管理されるのではなく、自分で自分を管理していけるところに身を置きたかった」。道なき道を切り拓くつもりだ。

 

 就職しても練習の拠点は大学に置く。試合は全日本柔道連盟主催以外の大会や国際大会を中心にエントリーしていくという。12月のグランドスラム東京大会にはカナダ代表として出場する予定だ。今後も彼女を指導していく山部は、課題をこう見ている。

「これからは日本人がライバルになるわけですから、日本人に勝たないといけません。女子57kg級は芳田選手を筆頭に社会人のレベルが高い。そこをどうクリアしていくかが大事です」

 

 山部が指摘するように出口の57kg級はロンドン五輪金メダリストの松本薫(ベネシード)、今年の世界選手権銀メダリストの芳田司(コマツ)がいる激戦区だ。特に同学年の芳田はジュニアの頃から凌ぎを削ってきたライバル。

「司の方が今は経験値を稼いでいるので、自分も負けないように追いついて追い越せるように頑張っていきたい」

 

(写真:得意技は大外刈りの出口だが、巴投げなど技も多彩)

 身長160cmの出口の持ち味は本人によれば「キレ、瞬発力」だ。同期で主将の月野珠里が「組んで投げる正統派。力が強いです」と証言する。山部も同様の見方だ。「この階級(57kg級)ではパワーがあり、下半身を刈る力も長けています」。出口は寝技も得意で、まさに“組んでよし、寝てよし”のオールラウンダーである。

 

 3歳で始めた柔道。約20年、この道を歩み続けてきた。

「小さい時から教わってきたのは一本を取る柔道」。そのこだわりも時を経て、変化をしていった。「高校生の時は力の差もあったので、一本で勝てました。それでうまくいっていたのが、大学になってからは力で勝てなくなった。それからは“何でもいいから勝とう”という気持ちになりました」。一本を取る姿勢がベースなのは変わりないが、勝ちへの執着は格段に強くなった。

 

 高校1年で初めて全国制覇を成し遂げてから、オリンピックを意識するようになった。

「漠然と“行けるかな”と思ったのは高1でインターハイを勝った時です。それが具体的になったのは今年の1月。カナダ代表になるって決めた時はオリンピックに出たいからカナダを選んだので、一番意識したのはその頃ですね」

 

 これまでカナダにオリンピックの柔道金メダリストはいない。男子は銀メダルが最高成績で、女子にいたってはメダリストすらいない。出口は「初の金を狙っていきたいです」と意気込んでいる。

 

新添左季(にいぞえ・さき)プロフィール>

1996年7月4日、奈良県生まれ。階級は女子70kg級。6歳で柔道を始め、天理高3年で全国高等学校選手権大会3位に入る。山梨学院大に進学後は2年時に講道館杯全日本体重別選手権大会で優勝を収めると、グランドスラム東京大会も制した。団体戦では1年時から主力として活躍。全日本学生優勝大会4連覇中の山梨学院大の柱となっている。今年の世界選手権では混合団体のメンバーに選出され、日本の金メダル獲得に貢献した。身長171cm。得意技は内股。

 

 

 

 

出口クリスタ(でぐち・くりすた)プロフィール>

1995年10月29日、長野県生まれ。階級は女子57kg級。3歳から柔道を始める。松商学園高1年で全国高等学校総合体育大会の52kg級優勝。2年時には全国高等学校選手権大会の57kg級を制した。3年時には全日本ジュニア体重別選手権大会で優勝、世界ジュニア選手権では3位に入った。山梨学院大に進み、1年で世界ジュニア2位。昨年は全日本学生体重別選手権を制した。団体戦も1年時から主力として活躍し、全日本学生優勝大会では4年間無敗。山梨学院大の4連覇に貢献した。身長160cm。得意技は大外刈り。

 

 BS11では新添左季選手、出口クリスタ選手が出場した「全日本学生柔道体重別選手権大会」の模様を10月7日(土)20時から放送します。3年後の東京五輪での活躍が期待されるホープたちの戦いにご注目を!


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