さらに考察を深めたい。“投壊”を招いた第二の原因として、指導方法にも問題があるのではないか。石毛、西山の制球難は今に始まったことではないのに、どこまで踏み込んで指導が行われたかは疑わしい。疲れのたまる夏場や終盤での、“持病再発”ならともかく、春先からの不振では何のためのスプリング・トレーニング(春期キャンプ)であったか分からない。

 

<この原稿は1996年6月6日号『Number』(文藝春秋)に掲載されたものです>

 

「巨人のリリーフ・ピッチャーは練習に工夫が足りない」

 

 そう喝破するのはOBの西本聖氏である。

「たとえば石毛ですが、コントロールが悪いのは本人もコーチも分かっているはずなのに、直球でストライクが入らなければすぐにカーブに切り換え、それでもダメならまた違う球、それでハイ終わり。こんな感じなんです。

 

 リリーフ・ピッチャーはたった一球が命取りになる。つまり、同じストライクでも“どんなボールでも”というわけにはいかないんです。ストレートでとる場合、カーブでとる場合、スライダーでとる場合……しかもコースまで限定されてくる。そのような本番での状況を想定してブルペンのマウンドに立たないことには、いざ試合になってうまくいく道理がありません。意識してそこに投げるのがピッチャーの使命であって、投げた後は知らないよ、というのではプロとは呼べません。またコーチも、きちんとその点を指導しないと。僕の経験から言って練習はウソをつきませんから」

 

 かつて江夏豊氏は「キャンプのブルペンは調整の場ではない。闘いの場や」と言い切った。現役時代、ホームベースの両脇に杭を立て、ストライクゾーンの空間をゴムヒモで明示することで、ままならなかったコントロールを矯正した。ベース脇の杭をボール半個分(捕手から見て)右にずらし、ゴムヒモが指し示す左下脇の空間を狙って寸分の狂いもなくボールを通過させた。外角低目への正確無比のコントロールはこうして完成したのである。

 

 続けて、江夏氏はこう語ったものだ。

「オレは肩が完全に仕上がり、コントロールが完璧になるまではブルペンに審判を立たせなかった。もしコントロールが定まっていない時期に審判に見られてしもうたら、“アイツはコントロールが悪い”という先入観を持たれてしまう。これはピッチャーにとって大変損なことや。だから、コントロールが出来上がるまでピッチャーは審判をブルペンに入れちゃいかんのや」

 

 キャンプといえば、北別府学氏の練習もすさまじいものがあった。ピッチング練習の最後、外角低目にスライダーを10球、と決めたら、そのコースに寸分の狂いもなく白球がおおさまるまで投球をやめようとしないのだ。しばしば10球の予定が20球、30球……となり、時には100球を超えることもあった。それでも北別府は練習を切り上げない。こうした自分との闘いをとおして、彼はミリ単位のコントロールをマスターしたのである。

 

 もちろん精神的な要素もあるだろうが、制球難の大部分は投球技術の未熟さに求められる。ならが“病状”に即した処方箋を書き、的確な治療を施すのがインストラクター(一、二軍の担当コーチ)の仕事ではないのか。それを全うせずして制球難の原因のすべてを「個人の精神面」に押しつけるのは、インストラクターの責任逃れであるような気がしてならない。

 

 さて「ロケット・スタート」のかけ声とは裏腹に4月、7勝12敗と5つも負け越した巨人だが、ガルベス、マリオのドミニカンコンビの奮闘で5月は攻勢に転じている。しかし、冒頭で述べたように「勝利の方程式」の目途は未だに立たず、計算のできる前述した3人の先発ピッチャーに頼り切りというのが実情である。エースの斎藤にいたっては7試合に登板し、150球をこえる試合を既に二つも経験している(1996年5月19日時点)。ヒジや肩に蓄積した疲労が胸突き八丁の夏場過ぎ、不意に顔を出さないか心配である。

 

 マリオにしてもボールが見やすいという欠点があるため、対戦がふた回り以降になると苦しいのではないか。すでに「マリオがフォークを投げる時のクセはすべて分かった。次からは狙い球を徹底させます」と、不気味な予告をしているスコアラーもいる。

 

 春先の巨人のもたつきは皮肉にもスターター、セットアップ、クローザーからなるピッチャーの職能分担の重要性を再認識させるものだった。相手のカードに合わせて自らのカードを切り、いかにそれぞれの局面を有利に乗り切るか――。ベースボールの監督が他のスポーツの監督のように「ヘッドコーチ」ではなく「フィールド・マネジャー」と呼ばれるのは采配よりも選手起用に重きが置かれているからに他ならない。要するにポーカーゲームの名手でなければ、ベースボールの監督は務まらないのだ。もっとも手の中にある札がいつも同じでは勝負にならないのだが。

 

(おわり)


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