二宮清純: 廣瀬さんは2008年北京五輪の女子シングルスでベスト16入りを果たしました。同五輪は地元の中国勢が男女シングルス、女子ダブルスの金メダルを含む全5種目でメダルを獲得しました。やはり中国勢は強かった?

廣瀬栄理子: そうですね。北京五輪の1年前までは調子が良く、“メダルを狙いたい”と思っていたのですが、その頃に大きなケガをしてしまって……。

 

 

 

 

二宮: それはいつのことですか?

廣瀬: オリンピックレース中のフィリピンオープン2回戦で右足付け根のハムストリングを筋断裂してしまったんです。当時、世界ランキングは自己最高の7位まで上がっていましたので、表彰台も十分狙えると感じていました。第1ゲームを取って、第2ゲームもリードして準々決勝進出まであと少しというところでした。その試合で、前方に飛んだシャトルを追いかける時にコートで滑って開脚してしまったんです。チャンス球だったので、思い切りスピードを出したことも影響したかもしれません。

 

二宮: ケガの瞬間は?

廣瀬: バンッと音がしました。でも、その瞬間は、切れているとは思わないですし、試合を途中でやめるのが嫌だったので「続けます」と言いましたが、立てませんでした。そのまま救急車で病院へ。帰国後、入院した病院で「手術したら100%オリンピックには間に合わない」と言われました。先生にも「正直、間に合うかどうかは厳しい」と言われましたが、少しでもオリンピック出場に望みを持ちたかった。“できるかぎりのことをやろう”と思い、手術はせず自然治癒で復活を目指しました。ケガから3カ月経って、やっとコートに立つことができたんです。

 

二宮: 3カ月もバドミントンから離れたことは、それまでにもありましたか?

廣瀬: 大きなケガをしたことも初めてです。そこからバドミントンに対する考え方も180度くらい変わりましたね。それまでは試合に出ること、バドミントンをやっていること自体を当たり前だと感じていたんです。でもケガを経験してからは、“コートに立てることが幸せだな”と思えるようになりました。

 

 初の五輪は悔しい思い出

 

二宮: オリンピックを控え、これからっていう時にね。

廣瀬: そうですね。ただ、今思うと、良かった時と悪かった時を経験できました。当時はつらかったですが、そういった経験があるからこそ、後輩たちに伝えられることもあるかなと思います。

 

二宮: 今はそうやって言えるかもしれませんが……。枕を涙で濡らしたこともあったでしょう。

廣瀬: 枕、めっちゃ濡れました。ずっと入院しなければいけなくて、毎日泣いていましたね。当然、練習もできないですし、ベッドに寝ていないといけないのが本当につらかったです。リハビリをやっていても、最初は地道なことしかできない。これで治るのかもわからない状態で、「絶望」とはこんな感じなんだなって。

 

二宮: 悪い夢を見ているようだった?

廣瀬: もう信じられなかったです。“夢であってほしい”と、何度思ったかわからない。

 

二宮: そこからよく立ち直りましたね。

廣瀬: 本当に気持ちが大事だなというのを、私は北京五輪出場までの経験で実感しました。復帰したばかりの2007年11月に行われた香港オープンでベスト8に入らないと、オリンピック行きが難しいという状況で、2回戦で格上にストレート勝ち。相手は香港の周蜜選手で、アテネ五輪女子シングルスの銅メダリストでした。この大会直前の全日本総合選手権も棄権していて、試合も全然こなせていない状態です。でも“死ぬ気でやるしかない”と臨んで、勝つことができました。この試合は北京五輪出場へのターニングポイントでしたね。

 

二宮: 足は思い通りに動かなかったのでは?

廣瀬: コートに戻ったばかりの頃は、今まで普通にできていたイメージがありますから、そのギャップにも戸惑いました。だからできないならできないなりに“今の自分で勝負しなければいけない”と受け入れましたね。

 

二宮: では北京五輪の時も万全の状態ではなかったと。

廣瀬: そうですね。自分の中では“ここまで戻ってこれた”と安堵の思いもありますし、懸命にプレーしていたので、客観的には見られませんでした。やはり後になって映像を見返すと、足が全然開いていない。

 

二宮: 痛みもまだ残っていた?

廣瀬: 気になる時は痛み止め薬を飲んで、試合に出ていました。

 

二宮: それでベスト16はすごい!

廣瀬: でも悔しかったです。周囲の支えもあって、コートに立てたので、その方たちへの感謝の気持ちはありました。でもメダルを獲りたかったですし、“世界で勝ちたい”という思いが強かったです。

 

 緊張で手が震えた

 

二宮: やはりオリンピックの舞台は特別ですか?

廣瀬: ええ。これまで出た大会とも全く違いましたね。どの試合も“勝ちたい”って気持ちが強いと緊張するんですが、私の初戦は北京五輪では開会式翌日の朝の試合でした。それがバドミントンの日本選手団で1戦目だったんです。それを試合前に聞いてしまい、“勝って勢いを日本チームに”という雰囲気でした。

 

二宮: それはプレッシャーですね。

廣瀬: はい。オリンピックという自分が小さい頃から目標にしてきた舞台に立てて、ケガを含めて“ここにくるまで、いろいろなことがあったな”と振り返ったら、試合前に手が震えるぐらい緊張しちゃいました。そんなこと今までなかったのに、“サーブ打てるかな”と思うほどでした。

 

二宮: 以前、このコーナーにも登場いただいたバルセロナ五輪女子ダブルス日本代表の陣内貴美子さんや、卓球のロンドン五輪女子団体銀メダルメンバーの平野早矢香さんも言っていましたね。サーブを打とうと思ったら震えたと。

廣瀬: 陣内さんでも緊張したんですね。あと私、早矢香と親友なんです。北京五輪で早矢香と出会って、すごく仲良くなりました。私が当時所属していた三洋電機と彼女のミキハウスはともに大阪だったので、北京五輪後もよく会っていましたね。今はお互い東京に住んでいるので、ごはんにも行ったりもします。年も一緒で、3月生まれなのも一緒なんです。性格はあまり似ていませんが。

 

二宮: オリンピック2大会連続出場を目指したロンドン五輪は惜しくも出られませんでした。

廣瀬: 北京五輪が終わった後、足を治してロンドン五輪では“絶対メダルを取りたい”と思っていました。ロンドンのオリンピックレースに入るまではすごく良かったんですが、その後、世界ランキングを落としてしまって代表には選ばれませんでした。でも今はケガを乗り越えてオリンピックに行けた経験と、最後に調子を落として行けなかった経験があるので、どちらもすごく成長させてもらったなと思っています。

 

二宮: その経験が今に生きていると。ケガをして苦しい思いをしたことも若い選手に伝えることができますよね。

廣瀬: 本当にそうだと思います。もちろん勝ち続けることにこしたことはないですが、良い思い出があれば、つらい経験もしたからこそ、選手に伝えられることもあると感じています。

 

 勝つためにどうするか

 

二宮: 廣瀬さんは現在ナショナルチームのコーチを務めていますが、選手と指導者とではどちらがやりやすいですか?

廣瀬: 最初は“自分に教えることができるのかな”と不安に思っていましたが、やりがいはすごくあります。選手が勝つと私もうれしいですし、選手時代とは違った喜びがありますね。

 

二宮: まだお若いから代表選手とも、いい勝負できるんじゃないですか?

廣瀬: どうですかね。ただ選手と打ち合ってみて、アドバイスできることもありますから。それはすごく良かったと思います。

 

二宮: 廣瀬コーチはスパルタですか?

廣瀬: 基本的にはビシバシという感じではないと思います。技術は練習して必ず良くなると考えていますので、私が教えるのは気持ちの部分が一番ですね。

 

二宮: 指導者として影響を受けた人はいますか?

廣瀬: 今は新米なので、日々勉強です。ヘッドコーチのパク・ジュボンさんをはじめ、ナショナルチームの方々の教え方を見ていると、すごく勉強になります。“ここがいいな”と思ったところは自分の指導にも取り入れていきたいと思っています。

 

二宮: バドミントンが国技のインドネシア人コーチに指導を受けた桃田賢斗選手から「バドミントンを楽しむことを教わった」と伺ったことがあります。指導法も国や地域によって千差万別なのでしょうか?

廣瀬: 人によって違いますね。“楽しむことが大切”という考え方もありますが、ナショナルチームではその先にある勝つためにはどうするかを重要視しています。Aチームコーチを務めるインドネシアのリオニー・マイナキーさんも厳しい方です。練習もすべて試合に繋がる。楽しむだけでは結果を残すことは難しいという考えを持っています。

 

二宮: 廣瀬さんと同じBチームには、選手として実績十分の舛田圭太コーチもいますね。舛田さんも厳しい方ですか?

廣瀬: 圭太さんは選手としてもコーチとしてもすごく経験値があります。圭太さんは全部の面を見て、「こうだよ」と言います。指導すべてが厳しいわけではなく、優しいところはすごく優しいです。選手に愛情を持って接していると感じますね。

 

 選手に対する愛情が大事

 

二宮: 現役時代に指導者に言われたことで一番心に残っていることは?

廣瀬: 私が三洋電機でプレーしていた時に、練習で身体もきつい時に、井田(貴子)コーチに練習をパッと止められたんです。「試合に勝ちたいのか、勝ちたくないのか。どっちかはっきりして」と言われました。「勝ちたくないんだったら練習をやらなくていいよ」と。そうだよな。勝ちたい思いはあるのに練習がきついからと、出し切れなかった自分がいたんです。その時の指導はすごく心に残っています。井田コーチには試合前にも「死ぬ気でやったら怖いものなんてないじゃん」と声を掛けられました。“確かに死ぬ気でやれば緊張や怖いものもないな”と思えた。それからはプレッシャーかかった場面でも“乗り越えられる”との気持ちで試合に臨めました。

 

二宮: 女性を教える女性コーチは厳しいとお聞きしますが……。

廣瀬: それも人によるかもしれないですね。厳しいだけでは、選手はついてこれないと私は思っています。選手も選手なりに考えて、“どうやったらいいか”と頑張っている。そこの部分をしっかり見てあげることも大事かなと考えています。一番はその選手に対して、しっかり愛情があれば、たとえ厳しくてもついてくるんじゃないかなと思うんです。指導の仕方は1人1人違うので、私は自分が選手の時に“こうやってほしいな”と思ったこととを生かしたい。選手もそれぞれカラーがあるので、そこをしっかり見極めながら、アドバイスの仕方も工夫していきたいですね。

 

二宮: 海外遠征も多く、「選手生活に逆戻り」とおっしゃっていましたが、リフレッシュ方法は?

廣瀬: 友人とごはんを食べに行ったり、あとはゆっくりお茶することですね。人に会うと元気をもらえます。

 

二宮: 選手時代と生活は変わりましたか?

廣瀬: 現役の時は買い物や、ひたすら寝ていました。選手の頃はもっと休みがなかったので、そういう面では今の方が時間を自由に使えるなと感じます。

 

二宮: では今度、お時間が合えば、陣内さんのご主人・金石昭人さんが経営する「かねいし」で雲海酒造の本格芋焼酎『木挽BLUE』を飲みながら食事をしましょう。お好み焼きにも合いますよ。

廣瀬: 是非お願いします! 陣内さんはいつもアドバイスなどもしていただいていますし、「かねいし」にも呼んでいただいて、よくしてもらっています。先日も、私が遠征と合宿で本当に出ずっぱりの時に、「えりちゃん、ちょっとでも時間空いたらおいでよ」と誘ってくださって、ご飯を御馳走になりました。本当にお世話になっています。

 

二宮: 最後に『木挽BLUE』の水割りの感想は?

廣瀬: すごく飲みやすいです。私はいつもこんなに飲まないのですが、たくさんいただいてしまいました。ロックで飲んだ時にも感じましたが、サラッとした口当たりが印象的ですね。

 

二宮: 弱いと言いながら、結構飲まれましたね(笑)。

廣瀬: あぁ、本当だ! 私、こんなに飲んだの初めてです。全然、クセがなく女性向きですね。

 

二宮: では友人の平野さんとの“女子会”でも是非!

廣瀬: ありがとうございます! 早矢香にも薦めたいと思います。相当、話が弾みそうです。

 

(おわり)

 

廣瀬栄理子(ひろせ・えりこ)プロフィール>

1985年3月16日、兵庫県生まれ。小学1年でバドミントンを始める。青森山田高を卒業後、三洋電機(現パナソニック)に入社。全日本総合選手権では2004年、女子シングルスで初優勝。同大会は08年からの3連覇を含む計5度制覇。2008年に北京五輪に出場し、女子シングルスでベスト16入りを果たす。11年全英オープンと12年ヨネックスジャパンオープンで準優勝するなど国際大会でも好成績を収めた。13年からはヨネックス所属でプロ契約を結ぶ。14年限りで現役を引退。17年1月よりナショナルチームのコーチを務める。身長163cm。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回、廣瀬さんと楽しんだお酒は芋焼酎「木挽BLUE(ブルー)」。宮崎の海 日向灘から採取した、雲海酒造独自の酵母【日向灘黒潮酵母】を使用し、宮崎・綾の日本有数の照葉樹林が生み出す清らかな水と南九州産の厳選された芋(黄金千貫)を原料に、綾蔵の熟練の蔵人達が丹精込めて造り上げました。芋焼酎なのにすっきりとしていて、ロックでも飲みやすい、爽やかな口当たりの本格芋焼酎です。

 

提供/雲海酒造株式会社

 

<対談協力>

洋食酒場 ラフィン

東京都新宿区新宿2‐15‐28 丸正ビル2F
TEL:03‐6380‐4301
営業時間:ランチ 11:30~15:00(L.O.14:30)
     ディナー 17:30~23:30(L.O.23:00)

定休日:不定休 基本日曜日

 

☆プレゼント☆

 廣瀬さんの直筆サイン色紙を芋焼酎「木挽BLUE」(900ml、アルコール度数25度)とともに読者3名様にプレゼント致します。ご希望の方はこちらのメールフォームより、本文の最初に「廣瀬栄理子さんのサイン希望」と明記の上、下記クイズの答え、郵便番号、住所、氏名、年齢、連絡先(電話番号)を明記し、このコーナーへの感想や取り上げて欲しいゲストなどがあれば、お書き添えの上、送信してください。応募者多数の場合は抽選とし、当選発表は発送をもってかえさせていただきます。締切は12月14日(木)までです。たくさんのご応募お待ちしております。なお、ご応募は20歳以上の方に限らせていただきます。

 

◎クイズ◎

 今回、廣瀬栄理子さんと楽しんだお酒の名前は?

 

 お酒は20歳になってから。

 お酒は楽しく適量を。

 飲酒運転は絶対にやめましょう。

 妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。

 

(写真・構成/杉浦泰介)


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