(写真:強烈なパンチを繰り出す井上。15戦中13KO勝ち)

 ボクシングのダブル世界戦が神奈川・横浜文化体育館で行われた。WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチは王者の井上尚弥(大橋)が同級6位のヨアン・ボワイヨ(フランス)に3ラウンド1分40秒TKO勝ちを収め、7度目の防衛を果たした。WBC世界ライトフライ級タイトルマッチは王者の拳四朗(BMB)が4ラウンド1分12秒で挑戦者のヒルベルト・ペドロサ(パナマ)を仕留めた。

 

 来年はバンタム戦線へ殴り込み

 

 絶対王者のままスーパーフライ級は“卒業”だ。井上が3年前に奪取したWBOのベルト。7度目の防衛を果たし、1階級上のバンタム級への挑戦を改めて明言した。

 

 1ラウンド、井上は相手との距離感を掴もうとしていたが時間は3分も要らなかった。「常に自信を持っている。当たれば倒れる」という自慢の強打が炸裂した。ラウンド終了間際に左フックがボワイヨの顔面をとらえ、ダウンを奪った。挑戦者はゴングに救われるかたちでコーナーに戻った。

 

 井上陣営、父・真吾トレーナーは「あんまり余裕を持つなよ」と指示を送る。井上も2ラウンドは無理に仕掛けるようなことはしなかった。それでも時より見せる強打に観衆は沸き、KOは時間の問題のように思えた。インターバルの間にセコンドからはゴーサインも出たという。

 

(写真:一方的な勝利でスーパーフライ級を卒業した)

 そして3ラウンド、井上は強烈なボディを叩き込むなどボワイヨを3度もマットに沈めた。目下31連勝中というフランスからの刺客は「サプライズを目撃することになる」と強気なコメントを残していたが、それはかなわなかった。レフェリーは両手を振って試合を止めた。勝ち名乗りを上げても王者に笑顔はない。

 

 実は井上、試合当日に右目にものもらいができており、「ちょっとぼやけていた」と視界は良好ではなかった。だが“怪物”にはアクシデントをモノともしない強さがあった。終わってみれば相手に隙すら与えぬ圧勝。身長差、リーチ差も感じさせず、バンタム級の“予行演習”にすらならなかった印象もある。

 

 その圧倒的な強さゆえ、スーパーフライ級では試合を組むことも難しくなっているという。大橋秀行会長はものもらいの原因に減量による免疫力低下を挙げ、「そういう意味でもスーパーフライは限界」と語った。計量直前の井上は頬が痩けており、顔色も良くないように映った。この階級が現在の井上にとって理想体重ではないことは明らかだ。

 

(写真:「ここで大はしゃぎしているようでは先はない」と笑顔はなかった)

「ヒリヒリする試合をしたい」。絶対王者の次のターゲットはバンタム級へと向いている。「チャンスがあればどこでも」とWBC、WBA、WBO、IBFの4団体のどこを狙うか明言しなかったのは、王座統一を視野に入れているからだ。今年9月には本場アメリカ進出を果たし、その名を轟かせた。敵地での試合もいとわない構えだ。

 

 スーパーフライ級ではなかなか実現できなかったビッグマッチはバンタム級で叶える。WBC王座は山中慎介(帝拳)とルイス・ネリ(メキシコ)の再戦が予定されており、WBOは世界戦最速KO男のゾラニ・テテ(南アフリカ)がいる。イギリスのライアン・バーネットはWBAスーパー王者でIBF王者だ。

 

「どの団体も強い王者がいる」

 2018年、井上尚弥という“怪物”がバンタム戦線に殴り込みをかける。

 

 全国初生中継で予告通りのKO勝ち

 

 ライトフライ級王者の拳四朗は、2日前の調印式でKO予告をしていた。だが不安要素はいくつもあった。初防衛を果たした前戦からわずか2カ月でのV2戦。試合2週間前には発熱と状態は決して万全とは言えなかった。

 

(写真:「怖さはなかった」と実力差を見せつけて圧勝した拳四朗)

 序盤は距離を取って様子を見ているようだった。ペドロサにリーチで勝る拳四朗は「『最初はジャブでいけ』という指示でした」と振り返る。父の寺地永会長によれば「相手が(接近して)くるところを打てば当たると思った」と、リーチのアドバンテージを生かすための作戦だったという。

 

 ところが「もっとくるかなと思った」(拳四朗)と予想していたペドロサが距離を詰めてこない。ジャブを当てつつ、機を見て後半勝負が陣営の思惑だった。寺地会長が「予定の半分」という4ラウンドで試合は動いた。

 

 ラウンド序盤、拳四朗の右フックがペドロサを襲う。挑戦者がグラついたとこを王者は畳み掛ける。ロープ際へと追い込んで、ラッシュ。左ボディを当ててダウンを奪った。防戦一方のペドロサを再びロープ際で攻めて、レフェリーに試合をストップさせた。

 

(写真:全国放送生中継でKO勝ち。「名前だけでも覚えてください」とアピールした)

 5月に王座を獲ってから、10月に初防衛。いずれも判定勝ちだった。2度目の防衛は早いラウンドで仕留めた。拳四朗自身はこの1年での成長を「メンタルが強くなった」と胸を張る。「入場を楽しめるようになった。どんどん自信もつけて勝っていきたい」

 

 その自信や余裕が相手への圧となる。寺地会長はこう説明する。

「間合いの部分で対峙した相手がこれなかったり、見えない強さがついているんです。だからペドロサも出てこれなかった。拳四朗の心の強さを感じたのもかもしれません」

 

 試合後、拳四朗のSNSのフォロワー数は本人が思ったほど伸びなかったが、その実力はメキメキとついてきている。次戦は前王者のガニガン・ロペス(メキシコ)とのリマッチを予定。5月の対戦では「僅差」(拳四朗)「紙一重」(寺地会長)という接戦で判定勝ちを収めている。王者と挑戦者の立場は入れ替わっているが、急成長中の24歳は「油断できない」と気を引き締めた。

 

(文・写真/杉浦泰介)