(写真:ワイルダーにとって重要な意味を持つオルティス戦が間近に迫っている Photo By Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME)

3月3日 ブルックリン バークレイズセンター

WBC世界ヘビー級タイトルマッチ

王者

デオンテイ・ワイルダー(アメリカ/32歳/39戦全勝(38KO))

vs.

元WBA世界ヘビー級暫定王者

ルイス・オルティス(キューバ/38歳/28勝(24KO)無敗2無効試合)

 

 

3月31日 カーディフ プリンシパリティ・スタジアム

WBA、IBF、WBO世界ヘビー級タイトルマッチ

WBA、IBF王者

アンソニー・ジョシュア(イギリス/28歳/20戦全勝(20KO))

vs.

WBO世界ヘビー級王者

ジョセフ・パーカー(ニュージーランド/26歳/24勝全勝(18KO))

 

 

 迫る“審判の日”

 

 世界ヘビー級戦線がクライマックスに近づこうとしている。

 

(写真:自身の評価を決定づけるビッグファイトを待望するワイルダーにとって、2018年は大切な年になりそうだ Photo By Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME)

 アメリカの強打者ワイルダー、イギリスの英雄ジョシュアという2人の対立王者が、3月にそれぞれビッグイベントの舞台に登場。まずは3日、ワイルダーが“ヘビー級のブギーマン(誰もが対戦を避けたがる選手)”と呼ばれてきたオルティスとの危険なテストマッチに臨み、ビッグファイトシリーズは幕開けする。

 

 これまで見栄えの良い戦績を積み上げてきたWBC王者だが、その真価には依然として一部から疑問が呈されてきた。破壊的なパワーとステップインスピードはあっても、技術的に荒削りなのがその原因なのだろう。

 

 自身のレガシーを真剣に捉えている感のあるワイルダーは、これまでも強豪との対戦を熱望してきた。過去にアレキサンデル・ポヴェトキン(ロシア)、オルティスとの試合が相手の薬物違反で流れる不運を味わったが、それでも「薬を使ってようが何だろうが対戦したい」とすら言ってのけた。「薬物陽性はPED(運動能力向上)目的ではない」というオルティスの主張がほぼ認められ、昨年11月に一度はキャンセルされたキューバ人との激突がここでついに実現に至った。

 

「どういうわけか、子供の頃から常に価値を疑われてきた。成長してもそれは変わらない。周囲が間違っていると証明するのが好きなんだ。それ以上に素晴らしいことは存在しないよ」

 1月下旬にニューヨークで行われた会見で、ワイルダーはそう語って目を輝かせていた。“世界ヘビー級準決勝第1試合”は、アメリカ期待の星にとっての“審判の日”。いまだに高評価を保つキューバ人を倒せば、口うるさいファン、関係者をついに黙らせることができるはずである。

 

“パーフェクトレコード”継続なるか

 

(写真:ジョシュアvs.ワイルダー戦が去年のジョシュアvs.クリチコ戦と同等の激闘になれば、その勝者はとてつもない賞賛を得ることになるはずだ)

 一方、イギリスでは常軌を逸した人気を誇るジョシュアは、31日にこちらも無敗のパーカーと3団体統一戦を行うことになった。昨年4月のウラディミール・クリチコ(ウクライナ)戦では約9万人、10月のカルロス・タカム(フランス)戦では約7万8000人のファンを集めたのに続き、今戦でもサッカースタジアムに7万人以上の大観衆を集めることは確実。28歳にして、その興行価値はすでに歴史的なレベルに達していると言える。

 

 タイトルホルダー同士の対戦にも関わらず、今戦ではジョシュアが断然有利と見られている。2016年12月にWBOタイトルを奪取した一戦も含め、最近のパーカーには勢いがないのがその要因。強敵を相手にした場合の攻め方も単調で、実際にパーカーにはこれ以上の大きな伸びしろは感じられない。

 

「ジョシュアは顎が弱い」というのは一部で定説になっているだけに、もちろん最後まで目は離せない。ただ、体格、パワー、近況に勝り、地の利も得たジョシュアが中盤以降に抜け出す流れが濃厚ではないか。後半ラウンドはもはや勝敗ではなく、ジョシュアの連続KOが続くかどうかが焦点になる可能性が高いと見る。

 

 両者がそれぞれセミファイナルを突破すれば、その後に“決勝戦”の実現が見えてくる。ミドル級のゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)対サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)戦がすでに陽の目を見た今、ジョシュア対ワイルダーこそがボクシング界最大の一戦。現時点で2人合わせて59勝無敗(58KO)という強打者たちのスターウォーズがまとまれば、世界的なインパクトは中量級のビッグファイトとは比較にならない。特にジョシュア側のエディ・ハーン・プロモーターが上手く売り出せば、この1戦は莫大な興行となるはずだ。

 

 4団体統一戦実現の可能性

 

 昨年11月の当コラムでも記したが、ヘビー級4団体統一戦に関しては、比較的近いうちの実現に楽観的な見方が多い。「元統一王者タイソン・フューリー(イギリス)以外にビッグファイトが組めそうな相手が他に存在しないこと」「米英両方でテレビ局の壁がないこと」「両陣営がどちらも大いに勝機ありと考えていること」などがその理由。同じ3月にどちらも強敵と対戦するというシナリオは運命的にも思え、その後の秋に激突となればほぼ理想的だ。

 

(写真:その興行価値の高さゆえ、現在のジョシュアは”ボクシング界で最も重要な選手”と言える)

「アメリカに行くことで僕がより評価されるならそうしたいけど、“みんながやって来たから”という理由でそうするつもりはない。ウェンブリーでのクリチコ戦の雰囲気は素晴らしかったし、地元ファンからサポートしてもらえる。ファンを制限することになるから、特にアメリカに行きたいとは思わない」

 最近の地元メディアとのインタビューで、ジョシュアがそう語ったという報道が流れてきた。実際にそれぞれの観客動員力を考えれば、ワイルダー戦もイギリス開催が妥当に思えてくる。

 

 もっとも、チケット代の違いなどを考えれば、ビジネス的に旨味があるのはやはりアメリカの方だ。ラスベガスで開催された昨年9月のゴロフキン対カネロ戦は約3000万ドル、フロイド・メイウェザー(アメリカ)対コナー・マクレガー(イギリス)戦は約1億ドル、メイウェザー対マニー・パッキャオ(フィリピン)戦は約7000万ドルのゲート収入を記録。一方、ウェンブリースタジアムで荘厳な雰囲気の中で行われたジョシュア対クリチコの同収入は、せいぜい1500~2000万ドルに過ぎなかった。

 

 加えてアメリカでのPPV売り上げも、米国内のイベントの方がはるかに数字が良くなるのは当然。だとすれば、ジョシュア対ワイルダーも、興行だけを考えればアメリカ開催の方がはるかに割が良いはずである。

 

 以前にも触れた報酬分配の問題に加え、この開催地の件も交渉のポイントとなるかもしれない。ワイルダー本人がイギリス行きを前向きに見えるのはポジティブな材料ではあるが、最終的に両陣営が母国開催に執着した場合、話はこじれることが考えられる。2カ国をまたいだ巨人たちの交渉の行方に、世界中のファイトファンの目が注がれることになるのだろう。

 

 ともあれ、まずは両者の“準決勝”の行方が興味深い。それぞれ好試合を展開し、今年後半に期待されるスーパーファイトに弾みをつけて欲しいもの。3日の一戦に勝ったワイルダーがジョシュア対パーカーのリングサイドに現れ、試合後のリング上でジョシュアに対戦要求でもするようなことがあれば――。そこから一気に4団体統一戦のシナリオが加速することも十分に考えられそうだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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