さる2月10日、サンマリン宮崎で行われたジャイアンツ対ホークスOB戦で、タイムリーヒットを放った高橋由伸が隠し球でアウトになるという一幕があった。

 

 高橋由伸は曲がりなりにも巨人の監督である。遊び感覚でやっている試合とはいえ、こうしたミスはヤジの対象になる。早速、スタンドからは「監督、何やっているんだ!」とのヤジが飛んだ。

 

 敵に隠し球をやられた場合、ある意味、ランナー以上に批判されるのがベースコーチである。ベースコーチは、どんな時でもボールに集中しておかなければならない。注意力が散漫な証拠と見なされる。

 

 このゲームの一塁ベースコーチはV9時代のショートで、巨人、中日、西武、ダイエーなどでヘッドコーチや2軍監督を歴任した黒江透修だった。

 

「黒江さん、どこ見てんの?」。巨人ベンチからも容赦ないヤジが飛ぶ。「黒江さん、それからというものランナーばかり見ているんです。打者も見ないとファールボールの打球から逃げられないじゃないですか。だから“危ないから前を見ていてください”と言いましたよ」。ヤジを飛ばした元木大介は苦笑いしていた。元木自身が現役時代、隠し球の名手として鳴らしたのは周知の通りだ。

 

 かつてはカープにも隠し球の名人がいた。大下剛史や木下富雄である。こうした曲者(くせもの)のいるチームは強い。

 

 一度、大下に印象に残っている隠し球について聞いたことがある。返ってきたセリフはこうだった。

 

「東映時代、榎本喜八さん(ロッテ-西鉄)をアウトにしたことがある。セカンドランナーの榎本さんが全くボールを見ていなかったので、ゆっくり近づいて“ホレ”とタッチすると“どうした大下?”とか言って全然気付いていない。やっとアウトになったのがわかった時はびっくりしていましたよ」

 

 バッティングに自信を持つ者の方が隠し球に引っかかる確率が高い、と大下。腕に覚えのある者は要注意である。

 

(このコーナーは二宮清純が第1、3週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第2週木曜を担当します)


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