昨シーズンの数字が良かったからといって、今季もいいとは限らない。それがプロ野球である。

 

“ミスター赤ヘル”と呼ばれた山本浩二さんも、開幕前は「今年は1本もヒットを打てないんじゃないか」と不安にさいなまれたことがあるという。通算2339安打の名選手ですらこうなのだから、並の選手は推して知るべしだろう。

 

 随分前、通算2543安打の衣笠祥雄さんに、「シーズン中、1番気を付けていたことは?」と聞くと「睡眠」という答えが返ってきた。「ぐっすりと眠ることが最高の健康法」。衣笠さんは、そうも語っていた。

 

 そんな衣笠さんでも不眠症に悩まされたことがある。1979年、連続フルイニング出場記録の更新を意識し過ぎてスランプに陥ってしまったのだ。

 

 衣笠さんは語った。「夜は眠れないし、本当に参った。古葉竹識監督から“休もうか?”と言われなかったら、こっちの方がおかしくなっていた」

 

 当時、流行っていたのがインベーダーゲーム。夢の中にその画面が出てきたというのだから重症である。

 

 衣笠さんと仲の良かった江夏豊さんから聞いた話。「サチによると、夢の中で爆弾みたいなものが飛んでくるらしい。それを打ち返そうとして必死になってバットを振っている。それくらい苦しんでいたんだよね」

 

「一生懸命にバットを振ってるんだけど、全部空振りだったよ」。苦笑いを浮かべて衣笠さんは、そう返したものだ。

 

 調子がいい日もあれば悪い日もある。結果が出た日もあれば出なかった日もある。そのたびに一喜一憂していたのでは体がもたない。どんな時も睡眠だけはしっかりとっておく。それがレジェンドからの伝言である。

 

(このコーナーは二宮清純が第1、3週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第2週木曜を担当します)


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