大谷翔平と東海大相模と神里和毅と
エンゼルスの大谷翔平がアナハイムでの本拠地デビュー戦で、第1打席のホームランを含む3安打の大活躍をしたとき(現地時間4月3日)、北海道日本ハムの栗山英樹監督はこうコメントしている。
「打つ方に関しては心配していなかったし、みんなが思っているところで打つのが翔平らしい」(「朝日新聞」4月5日付)
大谷のメジャー移籍が事実上内定した去年の後半くらいからだろうか、おそらくは意識的に、栗山監督は「打つほうは心配していない」という発言を繰り返している。
メジャーに行っても、バッティングは問題なく通用する。裏を返せば、ピッチングには少々不安がある、ということだ。
一見、世間一般の常識とは逆のこの感想は、しかし、かなり正鵠を射ていると私は思う。そう、彼は本質的に「投げたら160キロ出るホームラン打者」なのだ。
メジャー初勝利と、ある予感
メジャー初登板のほうに目を移してみよう。4月1日(現地時間)のアスレチックス戦である。先発して、6回3失点で初勝利をあげた。いわゆるクオリティスタートで、各方面から大いに賞讃された。
許した安打は、2回の3連打(最後の1本が、マット・チャップマンにスライダーを打たれた3ラン)のみ。「何も心配していない」と言うべき内容である。
160キロのストレートに鋭いスライダー、そして140キロ台のフォーク(スプリット)があるのだ。メジャーリーグだろうが日本野球だろうが、通用しないはずがない。
それは間違いないことである。ただ、見ていて、いずれどこか故障するのではないか、という不吉な予感にさいなまれた。
大谷の、これまでの人生で最高のピッチングは2016年9月28日の埼玉西武戦である。ノーヒットノーランの期待は、5回に森友哉がライト前ヒットを放って消えたけれども、ものすごいストレートとスライダーを投げ続けた。
このときのビデオとメジャー初登板を見比べてみると、16年は踏み出した左足がガッと土をかんで重心が下がり、全体重を乗せたような剛球をくり出す感じがある。それに比して今回の初登板は、足を踏み出すとき、16年よりはやや腰の位置を高く保って投げているように見える。
まぁ、そんなことは、下衆の勘繰り、気のせいの類かもしれない。
あるいは、例のメジャーの硬いマウンド、滑りやすいボール、という問題に関係するのかも知れない。ただ、とりあえず何でもマウンドやボールの違いに帰するのは、芸がないので避けておこう。
投手・大谷の課題
むしろ、気になるのは、初登板の課題として、大谷自身が登板前から「フォークの精度」をあげていた、という点だ。
たしかにこの試合では、140キロ台のフォークがきわめて有効で、バッタバッタと三振をとっていた。しかし、16年はそのフォークもいらないくらい、ものすごいスライダーだった。これは、投球フォームが完全に決まっていたからだと思う。少なくともメジャー初登板は、そこまでびしーっと決まったフォームのようには見えなかった。これから修正していく、ということなのだろう。
と、私のような者がぐずぐず言っても説得力がないので、佐々木主浩さんの解説を引用しておく。
「やや気になったのが、肘に負担のかかるスプリットの割合が多すぎること。私のイメージでは、大谷と言えば、真っすぐとスライダー。日本にいたころはここまでスプリットを投げていなかった気がする」(「日刊スポーツ」4月3日付)
おそらく、大谷はもっとも彼にふさわしい球団を選択した。というのも、エンゼルスのマイク・ソーシア監督は、本気でメジャーでも二刀流をやらせようとしている。
他の多くの球団は、たまには打席に立たせるが、基本的には彼の先発投手としての能力を消費しようと、考えていたに違いない。
何よりも、いきなり打者としての結果が出たことがよかった。投手としては、もともと球団側が必要としているに決まっているのだから。
でも、やはり、メジャーでも、あの2016・9・28のような投球をよみがえらせてほしい、と期待する。単に通用するのではなく、あの大地と投球フォームが一体となって繰り出されるような剛球を、再び見たい。
東海大相模のスイング
さて、大谷だけが野球ではない。彼のメジャー初ホームランの鮮やかなスイングを見ながら、それとは全く別のものを思い出していた。それは、選抜高校野球における東海大相模のバッティングである。
バッティングといえば、今回も智弁和歌山の強打が話題になったし、優勝した大阪桐蔭も、さすがの強打線だった。
近年、打つんだ、フルスイングするんだ、という意志をもって甲子園に挑む強豪校は多い。これはすばらしい傾向だと思うが、今回、東海大相模の選手のスイングは中でも目立って激しかった。
代表的な打者は3番森下翔太ということになるのだろうが、私がこのことに気づいたのは、6番を打っていた後藤陸のスイングからである。失礼ながら、彼はさして強打者とも見えないし体の線も細い。ところが、その体も折れんばかりに思い切り振り切るのだ。おお、派手に振り切るやつだなあ、おもしろいなあ、と思っていたら、なんと、次の打者もその次の打者も、同じように、いわば限界まで振り切る。
特に誰がということではなく、誰もがなのである。すべてのスイングを、思い切り振って、両手をバットから離さずに頭の後ろまで回転する。強いとか速いというより、激しいスイング。それがチームで徹底されていた。
よく言われる、セ・リーグよりパ・リーグのほうがフルスイングする打者が多いとか、あるいはメジャーの打者のスイングとか、もしかしたら、思想的にはそういうところにつながっているのかもしれない――そんな感想もつい抱いてしまう。ともあれ、高校野球の新しいバッティングの形が、示唆されていたのかもしれない。
期待の新人
開幕した日本のプロ野球については、またゆっくり論じたいと思うが、1人、目についた選手がいる。横浜DeNAのルーキー神里和毅である。
4月4日時点では、1番に定着して3割5分7厘をマークしている。もちろん、今後、打率が下がることも、打順が変わることもあるかもしれない。
しかし、とにかく速い。私は2塁打を打った時の彼が一番のお気に入りなのだが、1塁を蹴って2塁へ向かう走塁のスピードとしなやかな身のこなし。その姿が実に美しい。これだけ華麗な走塁のできる選手は、めったに出ないのではあるまいか。
昔、千葉ロッテの荻野貴司がデビューした時、あまりの速さに、「破壊する足」と名付けたことがある。だってショートゴロが普通にセーフになったら、野球のルールを破壊しているでしょ。荻野の場合は、残念ながら、故障があって苦しんできた。今年は、かなり状態がよさそうだが。
神里のスピードは、それ以来の衝撃といっていい。その衝撃が、どこまで届くものなのか、大いに期待したい。
東海大相模打線を“振り抜く意志”と名付けるなら(いや、“振りまくる意志”かもしれないが)、神里は“走り抜く意志”だろうか。そして打者・大谷なら“打ち抜く意志”。
そういう“志”を感じるプレーに今季も出会いたいものである。
上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。