野球を見ていて、これほどストレスなく、解放的な気分になれるものは、そうないのではあるまいか。何のことかといえば、大谷翔平(エンゼルス)の打席である。

 

 別にエンゼルスのファンではないから、勝敗はどうでもいいし、なにしろ全打席で、もしかしたらホームランを打つのではないか、と本気で期待できるだけのポテンシャルがある。

 

 たとえばヤンキースのエース格、ルイス・セベリーノから打った第4号(現地時間4月27日)。

 

 セベリーノといえば、平均球速でメジャー1、2を争う剛速球投手である。それが、インコース低めを狙ってきた渾身の97マイル(156キロ)のストレートを、ものの見事にライトスタンドに打ち込んだ。

 

 インコースいっぱいをきっちり攻めてきた快速球を、両ヒジを体をこするように通過させながら、しかし、きれいに両腕が伸びた形でボールをとらえ、体の回転で運んでいく。打球が他を圧して高いところを飛んでいく。これぞ、ホームラン。

 

 ただただ快感にひたって、その瞬間を幾度となく反芻する。いわば、無条件の解放感とでも言うべきか。

 

 前途遼遠なストレス

 

 ところで、これとは真逆の体験もある。

 

 たとえば4月30日の阪神-広島戦。試合は延長10回、4-2で阪神が勝ったのだが、それはまぁ、よい。問題は広島の継投である。

 

 この試合、広島先発・薮田和樹は4回3分の2で7四球。無失点ながら乱調である。阪神先発の岩貞祐太もとても好調とは言えず、5回まで2-0と広島リード。

 

 5回途中で薮田をリリーフしたアドゥワ誠は、6回も続投。このときつい、こんな展望が見えてしまったのである。

 

 6回アドゥワ、7回今村猛、8回ジェイ・ジャクソン、9回中﨑翔太。この4人の継投で、2点リードを守って勝つ。

 

 考えただけで疲れる。あまりのストレスに、息がつまる。

 

 念のため、カープファンではない方のために説明しておきますと、いわゆる「勝利の方程式」と言われる後ろの3人、「今村・ジャクソン・中﨑」は、たとえば去年の福岡ソフトバンクのデニス・サファテや、あるいは横浜DeNAの山﨑康晃のような、絶対的なリリーフ投手ではない。多くの場合、走者を背負い、ハラハラドキドキしながら、なんとか抑え(たり打たれたりす)る、というスタイルである。

 

 それを6回から始められてしまうと、あまりの前途遼遠なストレスに、息苦しくなるのだ。

 

 もちろん、ペナントレースを勝ち抜くためには、「勝利の方程式」は必要だろう。だけど、もう少し、息苦しくない方程式は立てられないものか、と言いたくもなる。

 

 硬直した息苦しさ

 

 実は、それから10日前の4月20日のこと。「方程式」とは逆の出来事があった。中日-広島戦である。

 

 中日先発は小笠原慎之介。広島先発は野村祐輔。両者ともにピリッとせず、これがもし埼玉西武相手だったら、いったい何点取られるんだろう、交流戦が楽しみだ、と思わず突っ込みを入れたくなるような出来である。2-4と中日リードで試合が進み、7回表。広島は一挙5点を入れて、7-4と逆転。いわゆる“逆転のカープ”炸裂である。

 

 で、7回裏。マウンドに上がったのは中田廉である。「勝利の方程式」なら今村じゃないの? という疑問をお持ちの方に、私なりの邪推を申しあげておく。実は前日の東京ヤクルト戦が延長12回サヨナラ勝ちという試合で、リリーフ陣は全員登板している。長いシーズンを見越して、この日はできる限り、リリーフ陣を休ませる、というチームとしての方針が事前に決められていた――あくまで、個人的な想像ですが。

 

 過度な連投を避けながら投手をやりくりしていく、という考え方は、すばらしい。なんの異存もない。それを実行したこの日の首脳陣の勇気も、本来は賞賛されるべきものだった、はずだった。

 

 ところが、中田が打ち込まれてしまうのである。以下、簡略に書く。

 

①ソイロ・アルモンテ、セカンドゴロ、1死。②スティーブン・モヤ、左中間2塁打。③平田良介、捕邪飛、2死。④高橋周平、左中間タイムリー2塁打、7-5。⑤福田永将、センター前タイムリー、7-6。⑥藤井淳志、センター前ヒット。⑦亀澤恭平、ショートへの内野安打(満塁も依然7-6)。⑧大島洋平、ライト前タイムリーで逆転、7-8。⑨京田陽太、ライト前タイムリー、7-9/ここでアドゥワに投手交代。⑩アルモンテ、四球(満塁)。⑪モヤ、レフト前タイムリー、7-11(モヤ、2塁を欲ばってタッチアウト、チェンジ)

 

 せっかくの逆転が、あれよあれよという間に再逆転されていくのを、ひたすら手をこまねいて見ていた。一つの疑問を抱えたまま。――「どうして交代させないのだろう?」と。

 

 中田だってリリーフ登板で、大ピンチをしのいでくれたこともある。今日がたまたまこういう日だったのである。いい加減、代えてやればいいじゃないか。まさか、9回まで中田で行く予定ではないだろうに。

 

 早い決断なら、高橋のタイムリーのところではないか。どんなに遅くとも亀澤のドン詰まりの内野安打で交代だろう。続投なら、次の大島が逆転タイムリーを打つことは、多くの人が予測がついたのではあるまいか。たぶん、守っている野手を含めて。

 

 チーム事情を知らない外部の人間が、がたがた言うな、と言われそうだ。

 

 もちろん、チームの内情は知りません。ただ、20日にせよ、30日にせよ、いずれのケースも、見る者に「硬直した息苦しさ」を感じさせたのは、確かだ。つまり、もともとの方針はきわめて妥当、かつ理性的なのだが、その運用があまりに硬直していないだろうか。

 

 圧倒的なリリーフ投手

 

 ちなみに、ゴールデンウイーク9連戦の4戦目に当たる5月1日の広島-巨人戦では、6-3と広島リードの7回から、アドゥワ、ジャクソン、一岡竜司という継投だった。つまり、「方程式」を崩して、中﨑や今村が4連投になるのを避けたのである。で、事前の方針通り、一岡がセーブをあげて、逃げ切った。

 

 すばらしいではないか。ただ……と、やはり言っておきたい。

 

 9回の一岡は、坂本勇人と阿部慎之助に見事に打たれて、1点を失っている。圧倒して終わらせたわけではない。

 

 カープが今季もし三連覇を達成すれば、仮に日本シリーズに負けたとしても、あるいはCSで敗退することがあったとしても、歴史に名を刻む強いチームだということは証明されることになる。そして、三連覇の可能性は、十分にあるだろう。

 

 ただ、真に強いチームは、見る者に解放感を与えるような勝ち方をするものである。

 

 そのためには、圧倒的なリリーフ投手がひとりほしい。現状ではいないなら、その可能性のある若手を育てるしかないだろう。無い物ねだりを言うようだが、他球団で言うならば、たとえば中日のルーキー・鈴木博志とか、あるいは、北海道日本ハムの石川直也とか、オリックスの山本由伸とか。

 

 彼らのボールは、いずれ化ければ、3者三振で圧倒する大クローザーになる可能性に満ちあふれている。

 

 カープに、その可能性をもたらす者は、今季、果たして出現するだろうか。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


◎バックナンバーはこちらから