一歩、また一歩と足音が近づいてきている――。ちょうど4カ月後の2月7日、4年に1度の冬の祭典、ソチ五輪(ロシア)が開幕する。ギリシャのオリンピアで採火された聖火はモスクワに到着し、7日から123日間に渡る聖火リレーがスタートした。日本国内でも日本選手団が本番で着用する公式ウエアが発表され、スケートやカーリングなど各競技のシーズンが開幕するなど、日本代表の座や五輪出場権を巡る争いもヒートアップしている。そこで新コーナー『ソチに煌めく!』では、各競技の注目選手の紹介や現状、競技の見どころなどを特集する。第1回は女子カーリング。熱戦を繰り広げた9月の日本代表決定戦を振り返りながら、ソチへの道を探る。
(写真:「(若い選手たちを)世界の場に連れて行くのも私の仕事」と、チームを初の代表入りに導いた北海道銀行・小笠原)
 試合終了の瞬間、重圧から解放されたスキップは涙を流していた。9月12〜17日、札幌で開催されたカーリング日本代表決定戦。ソチ五輪最終予選の出場をかけた女子のサバイバルレースは、北海道銀行フォルティウスの勝利で幕を閉じた。北海道銀行は11月のパシフィックアジア選手権(PACC)を経て、12月のドイツ・フッセンでの最終予選に臨む。

 1998年の長野五輪で女子のカーリングが正式種目に採用されて以降、日本は4大会連続で出場している。06年のトリノ五輪ではチーム青森が“カーリング娘”として人気を博し、国内でも注目の冬季競技のひとつとなっている。だが、成績は5位、8位、7位、8位といずれもメダルには届かなかった。

 女子カーリング界に地殻変動が起こったのは、前回の2010年バンクーバー大会後のことだ。トリノ大会から国内では敵なしだったのが、チーム青森だ。トリノ大会後、キャプテンの小笠原(当時は旧姓小野寺)歩と船山(同林)弓枝が第一線から退いたものの、残った目黒萌絵と本橋麻里を中心とし、新たなメンバーを加えて新チーム青森としてバンクーバーに臨んだ。しかし、そのバンクーバーでは8位という結果に終わり、大会後にはスキップの目黒が現役引退を発表。さらにセカンドの本橋はチームを離脱し、ロコ・ソラーレ(LS)北見を結成した。チーム青森は、新メンバーを加えて新たに出発したものの、それまでのような独走体勢とはならなかった。バンクーバー直後の日本選手権では、09年4月に結成されたばかりの中部電力カーリング部が、初優勝を達成。翌年には第一線に復帰した小笠原、船山を擁した新チーム北海道銀行が誕生。さらにはジュニアの世代からも、今年の世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得した札幌国際大学が台頭してきた。それまでのチーム青森の一極集中から、群雄割拠の戦国時代へと突入していったのだ。

 こうして迎えた今年9月の日本代表決定戦。2月の日本選手権上位4チーム(中部電力、北海道銀行、札幌国際大、LS北見)が、たった1つの最終予選出場の座を争った。予選は2回戦総当たりで行なわれ、上位2チームがプレーオフを行った。予選をトップ通過したのは、スキップ・小笠原の活躍で白星を重ね、4勝2敗と勝ち越した北海道銀行だった。札幌国際大は2勝4敗で最下位に終わり、予選落ちが決定。そして3勝3敗で並んだ中部電力、LS北見はタイブレークとなった。

 予選の対戦成績では、LS北見が2勝していた。タイブレークには反映されないものの、LS北見が優勢と見られていた。ところが、試合は予想を覆すワンサイドゲームとなった。第1エンドで3点を奪った中部電力が畳み掛けるように第2、3エンドも2点ずつスティールし、第3エンドを終えたところで7点のリードを奪った。LS北見も後半に反撃を試みたが、結局、第8エンド終了後にLS北見がギブアップし、10−2で中部電力が勝利した。予選では精彩を欠いていたスキップ・藤澤五月に前日のミーティングで長岡はと美コーチが「カツを入れた」という。この試合、藤澤は8投目で相手を追い詰めるショットを連発し、復調の兆しが見えてきていた。ふっ切れた女王が、ここから息を吹き返す――。決定戦では、そんなシナリオが展開されるかと思われた。
(写真:3大会連続出場は叶わなかった本橋は「2回五輪を経験していても、1人の選手として力がなかった」と悔しがった)

 迷える藤澤、救われた小笠原

 同日夜に行なわれた決定戦は、予選での対戦成績(1勝1敗)を含めて4戦先勝で勝敗が決まる「ベストオフ7」が採用された。午前のタイブレーク後、アイスメイク(氷上整備)を挟み、午後に決勝進出チームの練習が行われた。その練習に全員が参加した北海道銀行に対し、中部電力は藤澤ひとりだった。それについて藤澤は「(他のメンバーは)次の試合に向けて体力を温存していた。私は氷の状態、ショットの確認をしていました」と語ったが、長岡コーチとマンツーマンでストーンをひたすら投げ続ける藤澤の姿は、自らの迷いを振り払うための作業に映った。

 近年の女子カーリング界は、全日本選手権3連覇中の中部電力がリードしてきた。昨年11月にはPACCで銀メダルを獲得し、今年の世界選手権に出場した。その世界選手権では上位入りを果たせず、そこでのソチ行き決定は叶わなかった。しかし、11、12年の世界選手権出場が世界最終予選出場への最低条件だったため、日本のソチへの道をここまで切り拓いてきたのは中部電力であることは間違いない。だが、だからこそ主将の市川美余が語った「追われる立場。負けられないプレッシャー」が彼女たちに硬さを生んでいた。

 第1戦は互いに点を取り合う大接戦となった。7対6で迎えた第10エンド、1点をリードしていたのは、後攻の北海道銀行だった。最終投てき者の小笠原がハウスの中心にストーンを収めれば、北海道銀行の勝利が決まる。しかし、小笠原のショットがハウス内をスルーするという痛恨のミス。逆に1点をスティールされ、7−7の同点。エキストラエンド(延長戦)へと突入した。結局、エキストラエンドで1点を奪い、辛くも勝利を掴んだのは北海道銀行だった。スキップの小笠原は「チームメイトに救われました。ここまで決まらないスキップだと普通は勝てない。チームワークの勝利です」と瞳を潤ませていた。

 一夜明けての第2戦もシーソーゲームだった。6−6と同点の第10エンドに藤澤が相手ストーンを2つ、ハウスの中から弾き出しながら、自らのストーンはハウスに残るスーパーショットを決め、7−6で中部電力がこのゲームをモノにした。これで中部電力は、通算成績を2勝2敗のタイに戻す。女王が見せた意地だった。
(写真:「メンタル的な部分で不安を抱えていた」という藤澤。徐々にショットは安定してきたが)

 勝敗を分けたチームワーク

 そして迎えた第3戦。代表権へと王手をかけたのは、北海道銀行だった。第4エンドに3点、第5エンドに2点を奪い、中盤で一気に突き放した。9−6と3点リードの第9エンドにダメ押しとなる2点を取り、中部電力をギブアップに追い込んだ。第1戦でミスが目立った小笠原も復調の兆しが見えていた。前日のプレーを見た4歳の息子から「ママ下手くそ」と言われたことが発奮材料になったという。「同じミスはしたくない。勝負どころできちんと決めるのが強いスキップ」と小笠原。この試合では、要所でのショットを外さなかった。

 崖っぷちに追い込まれたのは、平均年齢22歳と若い中部電力。巻き返しを図った第5戦だったが、優勢に試合を進めたのは五輪経験者の34歳・小笠原、35歳・船山を擁す北海道銀行だった。決定的となったのは、8−5とリードした第10エンド。北海道銀行の6投目、船山のダブルテイクアウトでハウス内から中部電力のストーンをすべて取り除いた。ハウスの中にある北海道銀行のストーンは1個。中部電力には、藤澤の2投しか残されておらず、渾身のショットを決めたところで、同点の可能性はなかった。この瞬間、北海道銀行の勝利が確定した。
(写真:優勝決定戦ではビッグプレーを連発したサードの船山。バイススキップとしても小笠原を支えた)

 勝った北海道銀行も、敗れた中部電力の選手たちも涙を流していた。一方は歓喜に沸き、もう一方は悲しみに暮れた。残酷なまでの勝者と敗者のコントラストが、リンク上に映し出されていた。

 北海道銀行はリードを務めた苫米地美智子が正確なドローショットで起点をつくり、セカンド・小野寺佳歩はパワフルなショットで相手のストーンを弾き飛ばした。そして、ベテランの船山、小笠原が老練で巧みなショットで決める。4人がひとつになり、“つなげるカーリング”を体現した。最終戦はリザーブに回った吉田知那美は「チームで戦えた」と胸を張れば、船山は大会を総じてこう述べた。「誰かが必ず良くて、みんなで助け合いながら勝利を得ました」

 一方、中部電力の市川は敗因にチームワークを挙げた。「ミスが出た時に互いを支え合うことが欠けていた。スキップを他の3人が支えることができなかった」。実際、試合中に市川と藤澤の指示が食い違う場面もいくつか見られ、決定戦では攻撃的な戦略、パワフルなスウィープ(ブラシで氷上をこする)力を持つ“マンリーカーリング”は、最後まで影を潜めたままだった。
(写真:「勝ちに執着し過ぎて曖昧だった」と、アイスリーディングに苦戦した藤澤)

 司令塔兼エースに求められる強さ

“氷上のチェス”と言われるカーリングにおいて、リード、セカンド、サード、スキップという4つのポジションの中で、スキップへの責任はとりわけ重い。氷や戦況を読んで作戦を講じる司令塔でありながら、最終投てき者としてエンドの得点を左右するショットを投じるエース的な役目も担っている。その重圧の大きさは察するに余りある。ましてや五輪最終予選の日本代表が決まるというプレッシャーのかかる戦いなら、なおさらだ。

 2度のトライアルを経験している小笠原は、そのプレッシャーを熟知していた。「オリンピック以上に緊張するもの。負ければただのカーリング選手。それぞれの人生を背負った試合で精神的な戦いになる」。冷静な判断力だけでなく、プレッシャーに打ち勝つ強さがスキップには求められていた。

 小笠原にあって、本橋や藤澤になかったものは、強烈なリーダーシップだった。タイブレークで敗れ、決定戦に進めなかった本橋は「力のないスキップ」と自らを称した。決定戦で敗れた藤澤は「私がチームを支えられなかった」と肩を落とした。一方、自らを「コーチ兼マネジャー」と称した小笠原は、練習中、厳しくチームメイトを叱咤していたという。試合後の会見では「私が決めなくちゃいけない」「決められるか、決められないかの差」「ここぞの時に決めるのがベテラン」と、何度もスキップとしての自負を口にしていた。そこにはリーダーとしても、エースとしても重責から逃げない覚悟が窺えた。
(写真:現在一児の母。「出産をしてもまだまだ戦える」と意欲は衰えていない)

 大会を総括した日本カーリング協会の柳等強化委員長は、「予選から決定戦まで重圧のかかる中で勝ち上がったチーム。オリンピック出場権を取ってきてくれると信じている」と期待を寄せた。結成3年目にして、初の日本代表となった北海道銀行。スキップの小笠原は「中部電力が日本の道筋を作ってくれたので、絶対に閉ざすわけにはいかない。他のチーム、多くの選手たち、仲間の思いを全部背負ってプレーする」と誓った。小笠原と北海道銀行は日の丸という更なる重みを背負って、遠くドイツの地で残されたソチ五輪への切符を掴みに行く。

 日本は12月10日から6日間かけて行われる世界最終予選で中国、ドイツ、イタリア、ノルウェー、チェコ、ラトビアと争い、上位2チームまでに入らなければ、ソチ行きの切符を手にすることはできない。総当たりの予選リーグで順位を決め、上位3カ国がトーナメントを行い、2つの椅子を巡って争う。昨シーズンまでの世界ランクを見ると、10位の日本に対し、出場権を争う最大のライバルは、バンクーバー五輪銅メダルの中国(5位)と、最終予選開催国のドイツ(8位)になるだろう。5勝6敗で7位に終わった2月の世界選手権では、この2カ国に勝利を収めている。だが、これはあくまでも中部電力の成績だ。今回、日本代表の座を獲得した北海道銀行にとって、最終予選は初の国際大会となる。2度のオリンピックを経験している小野寺、船山がいるとはいえ、チームとしての経験値は高くはない。そのため、ランク下位のイタリア(12位)、ノルウェー(13位)、チェコ(14位)、ラトビア(15位)も決してあなどることはできない。同4カ国からは勝ち星を取りこぼさないことが絶対条件となる。まずは日本の初戦となる11日のイタリアに勝って勢いをつけたいところ。最終予選まで残り2カ月。代表決定戦で見せたチームワークをどこまで熟成させるかがカギとなる。

(第2回は10月21日に更新します)

(文・写真/杉浦泰介)