サッカーW杯ロシア大会。日本代表は28日(現地時間)、ポーランドに0対1で敗れたもののフェアプレーポイントで上回り、H組2位で2大会ぶりの決勝トーナメント進出を決めた。殊勲の代表監督・西野朗と初めて対談したのはドイツW杯前の2006年5月のことである。“蔵出し対談”と題し、2回に分けてお届けする。

 

<この原稿は月刊「Voice」2006年7月号(PHP研究所)に掲載されたものです>

 

 初戦は引き分けでもよい

 

二宮: 西野監督は次の日本代表監督との呼び声も高い名将で、ぜひワールドカップ前にお話をしたいと思っていました。

西野: いや、代表監督はないですよ(笑)。

 

二宮: ガンバ大阪からはワールドカップ日本代表に3選手(宮本恒靖、加地亮、遠藤保仁)が選ばれました。西野さんからご覧になって、アドバイスや感想はありますか。

西野: 宮本、加地はジーコ・ジャパンのディフェンスでは不動のレギュラーでしたから、代表のなかで自信をつけてドイツ大会を迎えています。だからアドバイスはないというか、そのまま行けるという感じです。

 遠藤に関しては、代表に召集されても試合に出場しないことが多かったので、正直、ワールドカップでの活躍はどうかなと。ドイツでの出場機会は数分あるかどうかでしょう。ただ中田英寿や中村俊輔、小野伸二などレベルの高い中盤で、代表選考に最後まで残ったというのは自信になっている。

 

二宮: 考えてみると、今回の日本代表は「ガンバ系」が最大派閥です。稲本潤一や大黒将志も、元ガンバ大阪の選手ですね。

西野: おかげで日本代表の練習は関西弁が飛び交っている(笑)。

 

二宮: アハハハ。ところで先日、ジーコ監督がワールドカップ初戦、オーストラリア戦の予想先発メンバーを発表しました。顔ぶれやフォーメーションは予想どおりでしたか。

西野: そうですね。最終的には3-5-2(ディフェンス3人、中盤5人、フォワード2人)のフォーメーションで落ち着くと思っていたので。

 

二宮: 安定感を重視したということでしょうか?

西野: というか、オーストラリア戦はおそらく中盤の両サイドが守り一辺倒になるので、実際のディフェンダーは5人に増える(笑)。それでも良しとする戦い方ではないでしょうか。あとは中盤でヒデ(中田)が絡んで、数少ないチャンスを窺うというシステムでしょう。

 ジーコが日本代表で抱えている問題と僕がガンバで抱えている悩みって、じつは似ているんですよ。ガンバも本当はディフェンスを3人でなく4人に増やしたいのですが、ディフェンスリーダーのツネ(宮本恒靖)は「スリーバックの申し子」で、ほかの守り方に対応できない。

 フォーバックの布陣にすると、ディフェンスはマン・ツー・マンで相手のマークにつかざるをえない。宮本のディフェンスの特徴は「ボールに対するディフェンス」で、彼の持ち味はディフェンスラインのコントロールです。人への当たり、コンタクト(接触)はあまり強くない。空中戦もしかりで、激しい守りは得意のスタイルではないと思います。

 おそらく最初はスリーバックの布陣でスタートして、左の三都主アレサンドロと右の加地の両サイドがどれだけ守れるかを見るでしょう。守りきれないと判断したら、両サイドをケアするためにフォーバックに変えると思います。

 

二宮: まずは失点しないということですね。

西野: そうです。かといってジーコは「0対0」で守る戦い方はしないので、どこかでシステム変更なり選手を代えて、攻撃に転じるはずです。

 

二宮: ジーコ自身は、両サイドは高い位置を保って攻撃したいんだ、といっていますね。

西野: 保てればいいんですけど、たぶん落とされちゃいますね。

 

二宮: 左の三都主より右の加地のほうが安定している。

西野: いや、どうかな(笑)。少なくとも、ハードマークで激しく当たるタイプではないです。

 

二宮: 彼は攻撃ではなかなかよいクロスボールを上げたりしますね。

西野: 加地は守りから攻めのアップダウンが特徴で、よいポジションからよいディフェンス、よい攻撃ができる。ポジショニングの取り方はよいけれど、オーストラリアの選手を自分一人で止められるかというと、厳しいですね。他の選手がサポートして数的に有利な状況をつくっていかないと。

 

二宮: ある程度サイドは追い込まれがちになって、ファイブバックもやむなしという局面になると?

西野: ただひたすら高いボールを放り込まれたとしても、厄介なんですよね(笑)。

 

二宮: 両サイドのスピードが速く、ゴール前のフォワードには188センチのエース・ビドゥカや194センチのケネディがいますから、前はかなり強い。

西野: サイドを崩されて、クロスボールの頻度が高くなると、宮本はきついですね。もう一人の中澤(佑二)がビドゥカへの対応に疲れてくると、どうなるか。まあ、ネガティブに考えても仕方ないですね。攻撃的に行ければ大丈夫ですし、最悪、初戦は引き分けでもよいと僕は考えています。

 

 日本代表は「ゼロトップ」

 

二宮: フォワードの攻撃についてはどうでしょう。思い出すのは、ワールドカップのアジア地区最終予選、アウェーでのバーレーン戦で、柳沢敦をワントップに起用したことがありました。しかし、1人しかいないフォワードの彼がボールをもらいに中盤に下がってしまうので、日本は実質「ゼロトップ」になっていた。開き直ってスリーシャドー(フォワードから1列下の影のストライカー)という手もあるのかなと。

西野: トップの選手というのは本来、いくらボールが回ってこなくても、相手のディフェンダーにつきまとわれても、2人ぐらいは引き連れて耐えていなければいけないんです。

 

二宮: 前線に張りつづける。

西野: 我慢して張っていればいいんですよ。そうすれば、スペースが必ずどこかにできる。そこに中盤から中村俊輔や小笠原満男がシャドーストライカーとなって上がってくれば、ワントップの戦術は機能します。

 柳沢はまだ気づいていないですね、自分のことを。ゴール前のイマジネーションもある選手なのに、ペナルティ・ボックス(ゴール前)で戦わず、じりじりと下がってしまう。

 

二宮: すると、やはり日本代表はイメージとしてはゼロトップですか(笑)。

西野: ゼロですね。全然フォワードの圧力がかからないんですから。たしかに日本の中盤には中村俊輔や小野伸二などファンタジスタ(華麗な技術をもったプレイヤー)が多いので、ボールの支配率は高くなるでしょう。でも、いくらボールを長くもっていても、それ自体はどうということはありません。

 

二宮: 問題はフォワードの決定力ですね。

西野: 1998年のフランスワールドカップで、日本は予選リーグで互角の試合をしながら、アルゼンチンのエース(バティストゥータ)とクロアチアのエース(シュケル)のそれぞれ一発に沈みました。クロアチア戦は先制される前にゴン(中山雅史)に絶好のボールが渡り、あれを決めていたら日本が勝っていたかもしれない。

 

二宮: たしかに、高原直泰の1点で日本が勝つというビジョンは描きにくい(笑)。もちろん勝負はやってみなければ分かりませんが、これまでの日本の試合を見ると、得点イメージは代表落ちした久保竜彦のほうが期待できました。これはいまさらいっても仕方ないことですが、日本の決定力は一朝一夕には改善されないでしょう。

西野: 僕自身、1日に何百本もシュート練習をさせて「うーん」という感じですからね(笑)。すぐには解決しないと思う。

 

二宮: 去年のガンバ大阪は非常に攻撃的で、得点も多かった。何か理由があったのでしょうか。

西野: まず、ボールをもつ時間を考えたほうがいいですよ。日本代表はポゼッション(ボール保持)が長い。ボールはもっていても、時間がかかりすぎて相手の守りを崩せない。また日本には、ペナルティ・ボックスのプレイで質の高い選手があまりいません。

 日本が局面を打開するには、パス交換を少なくするしかない。俊輔やヒデ、小野はキラーパスが出せますから、中盤から一発のパスでゴールにつなぐことを考えれば、得点力は上がるでしょう。ボールを奪取してから10秒以内に、2、3本のパスでフィニッシュするホットラインがないと厳しい。

 

二宮: とにかく早く攻めることだと?

西野: そのためには大黒や、代表から落ちた佐藤寿人のような選手がよいんです。

 

二宮: ここに走ればゴールできるという「点」で勝負するタイプですね。

西野: いままでの代表の試合を見ると、劣勢で押し込まれているときのほうが、カウンター一発で得点することが多い。ジーコのように「がっぷり四つ」で戦う姿勢よりも、はっきりと守りを固めて、カウンターで足の速い選手をゴール方向に走らせるようにすれば、チャンスは膨らむはずです。

 

二宮: 日本の良さであるアジリティ(俊敏性)が、戦略のなかに組み込まれていない。

西野: コンタクトが多い戦いになると、日本の負けです。ジーコってどんなチームが相手でも、王道のサッカーで戦うでしょう。

 

二宮: その意味では佐藤寿人など、落選させるには惜しいタレントでした。

西野: 僕はどうしても以前、柏レイソルで指導していた日本代表のタマ(玉田圭司)と比較してしまうのですが、彼もやはりボールを受けに行って、ゴール前のストレスから逃げてしまうんですね。

 

二宮: それではストライカーとはいえない。

西野: 玉田はドリブルで独特のボールタッチをするから、とても上手に見えるんです。でも、点はとらない(笑)。あと、彼はドリブルで必ず転ぶでしょう。転ばなくてもいいところで転ぶ。我慢して進めばチャンスになるのに、わざと倒れてファウルをもらおうとする。

 

二宮: 佐藤寿人のほうがストライカーらしいと?

西野: 佐藤は代表決定前の試合で、アピールをきっちりしましたからね。ゴールをとるしかないと考え、そのとおりに結果を出した。

 

二宮: 大黒将志もガンバ時代の西野さんの教え子ですが、どうでしょう。

西野: ゴールを背にすると、あいつはゼロ点です。

 

二宮: ゼロ点?

西野: 大黒が巧みなのは、ゴールに半身を向けるボディーシェイプですね。相手のゴールに体を向けて、ボールが動いているあいだに複数の状況を把握し、一瞬で飛び出す。その動きのタイミングと質が抜群なので、先ほどのピンポイントパスが出れば、期待できます。

 

二宮: もう1人、ガンバの遠藤が試合に出るとしたら、ポジションはやはりボランチ(守備的ミッドフィルダー)でしょうね。

西野: そうですね。ただ、彼はハードに守備をして相手の流れを止めるという、本来の意味での守備的ミッドフィルダーではありません。そもそも日本代表には、ボランチらしいボランチがいないんです。スタメンの福西崇史もそんなにディフェンスが強くありませんし、小野もそうです。

 

二宮: ブラジルが優勝したときのドゥンガ、フランスが優勝したときのデシャンのような潰し役がいない。彼らは中盤の底で“汚れ役”を引き受け、攻撃の起点ともなっていた。中盤の底はサッカーの地政学上、最も重要な地点です。

西野: 黒子に徹するというか、相手を潰してボールを奪い、味方につないで攻撃をサポートする役割が必要です。

 

二宮: たしかに、泥臭い仕事をする選手が見当たらない。西野さんがご覧になって、Jリーグでそのタイプはいませんか。

西野: FC東京の今野(泰幸)とうちの明神(智和)ですね。ジーコは、この2人はタイプとして好まないんです。

 

二宮: やはりジーコには中盤は「黄金の4人」で華麗に攻めたいという思いがあるのでしょうか。

西野: ジーコは「王道」すぎるんです。

 

(後編につづく)