二宮: こうして見ると、日本の予選リーグ突破はそうとうに厳しい。何か秘策はありませんか。

西野: フリーキックでしょうか。

 

<この原稿は月刊「Voice」2006年7月号(PHP出版)に掲載されたものです>

 

二宮: たしかにストライカーに期待するより、中村俊輔が1本、決めてくれる確率のほうが高いかもしれない(笑)。

西野: 4打数1安打ぐらいは期待できるかもしれない。

 

二宮: 1試合に直接フリーキックのチャンスはどのくらいありますかね。

西野: ゴール付近でのファウルとなると、そうはないですね。もっとファウルをもらわないと。あ、そうするとファウル狙いの玉田は必要なのか(笑)。

 

二宮:「いいところで倒れてくれよ」と。ただ、逆に三都主のようにこれみよがしに倒れていると、国際大会のジャッジではシミュレーション(欺きの行為)としてイエローカードを出される可能性が高い。

西野: そうですね。

 

二宮: 選出といえば1996年、西野さんがアトランタオリンピックの日本代表監督だったときのディフェンシブな戦いぶりは、かなり批判もありましたが、当時の彼我の実力を考えれば仕方なかった。「マイアミの奇跡」といわれたブラジル戦で、日本は守りを固めて耐えに耐え、1点を入れて逃げきった。試合前は「日本は思いきって攻めたほうがよい」という意見も多かったですが、当時のメンバーで総攻撃を仕掛けていたら、大敗していた可能性もある。ブラジルのジェニーニョやサビオはドリブルが上手で、次々とゴールを襲いましたが、彼らはフィニッシュに問題を抱えていた。プライドを捨ててひたすら守りに入ったことが、日本を奇跡の勝利に導いたともいえる。

 今回のブラジルの場合は、史上最高ともいえるドリームチームです。とにかく我慢しなければいけません。ワールドカップの前哨戦にすぎなかった2005年の「コンフェデレーションズ・カップ」でブラジルと引き分けたときと同じ気分で「がっぷり4つで戦える」と錯覚すると、痛い目に遭うかもしれない。

西野: ブラジルと戦う第3戦までの状況にもよりますが、ブラジルが本気で来た場合、全員でディフェンスをしながら、チャンスに結びつけるしかない。ブラジル戦に限ったことではありませんが、「まずはディフェンスありき」で全員が意思統一をして、戦術の共通理解をもてるかどうかに、決勝トーナメント進出がかかっている気がします。

 

二宮: サッカーというのは相手があることだから、対処は状況によって違います。日本が引き分けでいい試合なら守りに重きを置き、手数をかけないで2、3人で点を取りに行く局面もある。いずれにしても、複数の事態に対応できるオプションが必要ですね。

西野: そうです。同じメンバーでも戦い方の変化があるし、「1対0」でリードしたとき、逆に「0対1」で追いかけるときのシステム変更やメンバー交代は、つねに考えておかなければならない。

 

二宮: ジーコは先発のメンバーでずいぶん我慢するというか、固執をしますね。普通ならハーフタイムで「この選手を入れて流れを変えよう」というときでも、前半と同じメンバーで後半をスタートすることがほとんどです。そして後半15分ぐらいたっても、まだ動かない。

西野: ジーコのスタメンに対する信頼度はすごく高いですね。そのなかでの変化を期待している。

 

二宮: ジーコと正反対なのが、オーストラリアのヒディンク監督ですね。彼は見ているこちらが驚くような選手交代をいきなり実行する。突然フォワードを3人に増やしたり、ディフェンスを外して2人にするなど、試合の状況によって大胆な布石を打ってきます。

西野: 僕は、最近では彼の指導にいちばん影響を受けました。

 

二宮: ヒディンクに、ですか?

西野: ええ。韓国代表の監督を務めた2002年の日韓ワールドカップが象徴的ですが、ヒディングは「それはどうだろうか」と思う采配をズバッと行ない、すべて狙いどおりに的中させてしまう。それには理由があります。彼は交代と同時に、ボールの動かし方も、徹底してシステムに合った回し方に変える。1点を追いかける場合は徹底的にシンプルにするなど、人をただ代えるだけでなく、選手全員に共通理解を与えている。自分の考えているメッセージを、選手交代によって選手に伝えることができるんです。

 

二宮: ヒディングの選手起用は「試合終了まであと20分だから交代する」とか「後半30分になったから変える」という発想ではありませんね。時間にとらわれない。試合開始3分でも、代えるときは代えるし、代えないときは代えない。ただ、カードの切り方で後手に回ることは少ない。

西野: たとえば試合中、どちらが先に選手交代を行ない、相手がさらに上を行くキャスティングをして点をとられたとしても、先に動いたことに対する後悔はいっさいありません。慌てて後手に回るのがいちばんよくない。

 

二宮: そこが指揮官の判断なんでしょうね。

西野: 先日、元韓国代表のホン・ミョンボ(現韓国代表コーチ)と会ったとき、彼は「ヒディンクはサッカーを考える次元が僕たちの発想を超えてしまっている。トレーニングで目新しいことはしないが、戦術や試合中の選手に対するアプローチが本当に違うんだ」といっていました。

 そして彼は「現在のアドフォカート監督も、ヒディンクと同じレベルにある」といっていました。韓国は要注意でしょう。2002年の勢いを、伝統的な力につなげている。

 

 サッカーの最先端を競う「万博博覧会」

 

二宮: 監督ということでは、2度目のブラジル代表監督となる「名将」パレイラの采配が興味深い。1994年のアメリカ大会を取材に行ったのですが、当時のブラジルは優勝したものの、決勝は引き分けのすえのPK戦勝ちで、国民からは「つまらないサッカー」だと叩かれました。

 アメリカ大会ではメキシコ大会(1970年)以来24年ぶりの優勝がかかっていたので、なりふり構わず勝つのがミッションでした。ドゥンガやマウロ・シルバのような守備的ボランチを2枚置いたのも、仕方がなかったと思う。

 今回はロナウド、アドリアーノ、ロナウジーニョ、カカを擁するドリームチームで、勝敗だけにこだわる手堅いサッカーはできない。「名将」というのは、一流の料理人が食材に合わせて調理をするように、選手のスタイルに合ったサッカーをしなければならない。手堅いサッカーでアメリカ大会を制し、今回、ドリームチームで世界を魅了して勝てば、パレイラは本当の名将です。

西野: ブラジルの場合、勝つだけでは国民に評価されないですからね。これまでのワールドカップとは違うサッカーが見られることは間違いない。

 

二宮: ドゥンガのようなリーダーシップの塊がいて規律が保たれるならともかく、今回のメンバーはどう見ても……。

西野: 規律がない(笑)。

 

二宮: ブラジルはそれでも勝てるチームだと思いますし、変に規律を与えると、人体でいえばホルモンバランスが崩れるかもしれない(笑)。かといって野放図にさせても駄目。パレイラの手綱捌きに期待します。

西野: あと、僕はオランダにも注目しています。これまで力があるといわれながら決勝トーナメントで消えていましたが、ファンバステンという興味深い指導者を得て、オランダ伝統のフィールドをダイナミックに使う攻撃的サッカーを、若手の力とミックスさせている。ワールドカップ予選を見ていても、勢いがあると思いました。指導者なので、どうしても監督に目が行ってしまうんだけれど。

 

二宮: 開催地のドイツとは隣国ですから、オランダのモチベーションは高いでしょうね。あと、イタリアは別の意味で怖いですね。イタリアは自国リーグのセリエAが、八百長騒ぎの危機にある。尻に火がついているから、「ワールドカップで勝たなければカルチョ(サッカー)が崩壊する」となり、火事場の馬鹿力が出るのではないか(笑)。

西野: スペインは、タレントこそいますが、監督の色が出てこない。

 

二宮: あの国は、もともと国家としてバラバラでしょう。バスク地方やカタルーニャ地方が独立を掲げていて、スペイン一国を挙げて応援する機運が高まらない。

西野: 開催国のドイツに関しては、そもそも僕はドイツの組織的なサッカーに共鳴して単身渡独したのが、指導者としての原点です。でも、いまのドイツ代表のサッカーが魅力的かというと、はっきりいってつまらない(笑)。組織的な良さはたしかにあります。全員のプレイの質が高いうえで規律や約束事、チーム戦術を浸透させるのは正しいのですが、ドイツの場合はいつまでたっても古い約束事だけで、試合を見ていると次のプレイが予想できてしまう。徐々に関心が離れつつあって、オーストラリアのヒディンクの采配に興味があるのは、そうした理由もあります。

 

二宮: なるほど。一方、日本のジーコは戦術家というより、名選手ならではの「観察眼」に期待したい。フリーキックを蹴る際、壁の何番目を狙うか。このあたりの指示はジーコならではですね。ただ戦術的にはクラシカルな監督ですから、マジックは期待できない。ワールドカップはサッカーの最先端の戦術や技術を競う「万国博覧会」という側面があります。その意味で「戦術家」ヒディンクと「王道」ジーコの対決はますます楽しみですね。

 

(おわり)