今年もこの地に戻ってきた。

 佐世保の先にある小さな島「長崎大島」。10年前までは大島町、現在は市町村合併で西海市となったが、海の美しさ、時間のゆったりとした流れは変わらない。そんな島で四半世紀に渡って開催されているのが「長崎西海トライアスロン」だ。この島で行われる最大級のイベントで、全国から人が集まってくる貴重な機会。町民を上げての歓迎に、都会の大会にはない温かさを感じさせてくれる人気の大会である。今年も700人の選手が集い開催された。

 

 大会に来ていた友人が現地で曇った顔をしているので聞いてみると、事前に送った自転車が西日本豪雨の影響で届かないのだという。せっかく仕事を調整し、体の準備をして現地入りしたというのにまさかの事態である。彼が落ち込むのも無理はない。僕は主催者の1人でもあるので、すぐに事務局と協議、対応策を検討するものの、競技用具がなければ出場できない事は明白だ。「特別ルールをつくり、できることだけをやってもらおう」という方向性となった。自転車ケースの中にウエットスーツも入っていたようで、彼ができるのはランニングだけとなってしまうがやむを得ない。本人も「何もできないよりは」ということで参加することとなった。

 

 ところがレース当日、彼は普通にスタート地点にいた。ウエットを着て、バイクをセットし準備万端だ。聞いてみると、バイクは友人の息子に借りたという。その友人の息子が大人のレースの前に行われるキッズ大会に出場しており、比較的体格の大きな子供だったので、バイクを借り、無理やり間に合わせたのだ。“よくぞそんな発想が”と感心させられるが、人間というのは窮地になるといろいろと考えるものである。さらに、ウエットスーツは前日に運営者サイドとこの話をしていたときに、近くにいた参加者から、「予備があるので貸しましょうか?」と申し出があったそうだ。そんなこんなで、土壇場で出場できることになったということだった。

 

 スポーツの持つ力

 

 ここで、感心したのは彼の出場に対する熱意や臨機応変さもさることながら、周囲の対応だ。困っている彼を見て、息子の自転車の使用を思いついた友人の柔軟性。まったく知らない人が困っているのを躊躇なく声をかけ助けてくれた参加者。本来なら前日に行わなければいけない自転車検査を当日のスタート直前に対応してくれた審判団。いずれかが欠けてもダメだった。それを3者の融通や機転が重なり、彼がスタートできるところまでたどり着けた。もちろんそれぞれのパーソナリティが素晴らしいのだが、そんな人たちが沢山いるこの「トライアスロン」というスポーツが誇らしくなった。

 

 確かにこのスポーツをやっている人は、やたらと前向きだし、臨機応変さを持っている。発想の柔らかさや、他人に対する許容性は他のスポーツではあまり見慣れない。簡単に言ってしまうと、この種目は他人との戦いでなく、自身との戦い。一緒にスタートする人は、それぞれ自身と戦っている仲間なんだという意識が高いこと。いくつもの大小のトラブルを乗り越えて進んでいくには、能天気なくらい前向きさがないとやっていけないことなどが理由だろう。そして、そのコミュニティにいると双方が刺激し合い、ますますポジティブな方向へ進んでいくと思われる。

 

 これこそがスポーツの持つ力。この人たちはきっと実社会でも、同じような精神を発揮していくのだろう。こんな人がもっと日本にあふれたら、いや地球にあふれたら、世の中はもっと良くなるのではないか、と思う。僕はスポーツの有効性を語り続けている。でも、日本人はその第一歩を進みだすのが苦手。その第一歩をどうやって踏み出すのか……。

 

 そんなことを考え、本に記しました。

『大切なのは動く勇気』

 7月25日全国発売 トランスワールドジャパン発行

 

 やはり、今の日本人に必要なのは、一歩を踏み出す勇気ではないかと思う。

 実行するには? 今より充実した人生を生きるには……。

 ぜひ皆様に読んでいただきたく、連載の場をお借りしました。

 

 人生、それぞれの境遇をどれだけ楽しめるか。

 いやどれだけ楽しくできるか。

 まず前に一歩!

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月に東京都議会議員に初当選。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)などがある。

>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ


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