(写真:復興五輪活動の一つ『未来への道1000km縦断リレー』は夏の青森からスタートした)

 オリンピック・パラリンピックの開催まであと2年。チケット販売や、聖火リレーなどの具体的な計画も発表され、様々な場所で話題となることも多くなってきた。

 課題も少なくなく、何をやっても反対や批判の声が上がる中で、丁寧な準備が進められていることは素晴らしい。近年の中で成功モデルとされるロンドン大会から多くを学び、ポスト2020に寄与できる大会を目指すところだ。

 

 そんな中で、注目を集めるのはオリンピックの大会スケジュール。

 7月24日から8月9日までの17日間に、史上最多の33競技339種目が、42の競技会場で繰り広げられる。これだけの種目数を17日間にバランスよく、円滑な運営ができ、さらに全体の盛り上がりを考慮して当てはめていく作業はかなり難しいパズル。もちろんこれに競技団体との調整もあるわけで、想像するだけで胃が痛くなりそうだ。

 

 スケジュールで、気になるのはアウトドアで長時間行う種目の開催時間である。

 競歩6時、ゴルフとマラソン7時、トライアスロン8時という開始時刻となっており、当初より暑さを考慮して早いスタートとなった。

 

 でも、本当にこれで大丈夫か?

 今年のような酷暑になると、まともにスポーツできるのは日が出た少し後まで。日が昇りだす8時頃には強い日差しでかなり厳しい環境になる中、競歩やマラソンなど、もっとも気象条件の影響を受ける種目は大丈夫なのか……。

 

 高い脱水症状のリスク

 

 7時スタートでは実際どのくらい暑いのか。理論ではなく体感で感じることが必要ということで8月上旬に試してみた。

 

 7時にスタートして都内で23kmを2時間ランニングする行程。

 起床時体重67.2kg、そこから水分を500ml摂取して気温28度の中スタートした。8時時点で30度を超え、かなりつらくなってくる。そのうち携行していた500mlのボトルも底をつき、走ることの苦しさではなく、暑さを我慢するきつさが増してくる。90分を超えたところで、コンビニで冷水を購入しがぶ飲み、さらに頭から浴びるなどしてなんとか最後まで走り切った。

 

 終了時の気温は32度で、体重は65kg、スタート時の67.7kgから約2.5kg減。途中1L以上の補給をしていたにも関わらず、これだけ減るのは、途中で3.5Lの発汗があったということになる。通常は体重の2%減で脱水症状と言われているが、67kgの私は3.5%の減で完全に脱水症状の域、トータル発汗量では5%を失っているということになる。ゆっくりとしたペースでこれだから、実際のレースの運動強度では想像するだけでもさらに厳しいものになるだろう。

 

 さて、本当にこのコンディションで、まっとうな競技ができるのか?

 

 これに近い条件のレースとして1995年9月3日に行われた福岡ユニバーシアードがある。レース当日の気温28.5度、湿度86%という気象条件で行われ、完走率は男子55%、女子70%だった。この時、先頭を走っていた鯉川なつえ選手が、脱水症状で39km地点において気を失いリタイアというトラブル。勝負に懸けているからこそ限界を超えて追い込んでしまうのだろう。ちなみにこのアクシデント以降、ユニバーシアードはマラソンからハーフマラソンに変更されている。

 

 ある元実業団ランナーに聞いてみると、「暑さ湿度は日本人に有利と言われているが、選手生命にまで影響あるのではと心配です。他国の選手は危ないと思えば止められるけど、日本選手はそうはいかない。だから危険なんです。さらに、他国の有力選手は、秋から賞金レースを回ります。それを考えると恐らく五輪を回避してくるんじゃないかなぁ」と、かなりシビアな意見をもらった。大会の盛り上がりに水を差すようなことがなければいいのだが……。

 

 選手以外の暑熱対策も必要

 

 個人的に心配なのは、沿道の観客だ。

 

 選手は暑さ対策を相当研究し、対応策をとってくるが、観客はそこまでの準備はない。そして観客の中には、前日に涼しい海外から来日したような人も含まれるだろう。気温、湿度の高い日本の気候に全く耐性がない状態で、沿道に4時間もいたらどうなるのか。通常、暑さへの順応は6日程度かかると言われている。もっとも今年の暑さにいたっては、日本人でさえ順応できていないと思われるが……。

 

 ともあれ、そんな暑さに不慣れな外国人観客もたくさん沿道に詰めかける。そして、東京マラソンの例を見るまでもなく、100万人以上の観客がコース沿道に集まることは間違いないだろう。すると当然場所取り合戦も激しくなるわけで、時々日陰に行きましょうとか、建物の中で涼みましょうということはできなくなる。そのまま炎天下の中で観戦していれば、おそらくあちこちで熱中症になる人が出てくることは避けられない。しかし、レース中は道路規制しているうえに、大勢の人がいるので救急隊や医療関係者が駆け付けるのも容易ではない。競技者の熱中症対策以上に、実は観客の熱中症対策が重要と思われるのはこのような理由があるからだ。

 

 もちろん組織委員会も東京都も様々な対策は検討している。道路脇の木々の影を利用できるように植栽を調整し、路面温度が上がらない舗装を研究中だ。さらにミストなどを利用し暑さを和らげる試みも。どれもやる価値はあるものの、残念ながら根本的な解決には至っていない。

 

 開催時期や開催場所を変えるのは難しいことは十分に理解できるので、やはりここはスタート時間の調整しかないのではと思う。太陽を待たせることはできないが、公共交通機関を少し早く動かすということは可能ではないか。

 

「2時間早めたところで、焼け石に水」という方々がいるが、それは実際に動いていない人の意見。走る人間なら5時からと7時からのスタートでは雲泥の差であることは断言できる。

 

 ちなみに実際に日差しの強く温度の高い、東南アジアの国々では、マレーシアでは早朝の4時、タイでは夜中の2時スタートという都市マラソンを開催している。これは走るランナーを守るという意味でもあるが、それ以上に観客やボランティアを守るという役目を果たしている。

 

 組織委員会では、観客やボランティアの移動が心配されているが、その日に2時間交通機関のスタートを早めれば解決する。温度を下げる努力より、そちらのほうが安上がりで効果的な施策ではないだろうか。

 

 この問題、本気になって取り組まなければ大会にとって大きな失策になる可能性を含んでいる。この複雑なパズルをずらすのは大変な作業であるとは思うが、今ならまだできるはず。過去から学び、過去の常識にとらわれない、思い切った判断を期待したい。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月に東京都議会議員に初当選。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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