(写真:公開練習では表情が明るかったゴロフキンだが、カネロへの敵対心は本物だ Photo By Tom Hogan-Hoganphotos/Golden Boy Promotions)

9月15日 ラスベガス T-モバイルアリーナ

WBA、WBC世界ミドル級タイトル戦

 

王者 

ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/36歳/38勝(34KO)1分)

Vs.

挑戦者

サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ/27歳/49勝(34KO)1敗2分)

 

 

 今年度最大のファイトウィークが目前に迫り、アメリカのボクシング界は徐々に盛り上がり始めている。依然としてパウンド・フォー・パウンドの上位にランクされるミドル級の帝王ゴロフキンと、北米最大級の興行価値を誇るカネロのリマッチ。スポーツ界でもすでに使い古された“因縁“という形容が、これほど相応しい一戦も珍しい。

 

 昨年9月の初戦は多くのファン、関係者がゴロフキンやや有利と見ながら、結果はドロー。中でもジャッジのうちの1人が118-110でカネロ勝利と採点したことが、試合後はファイト自体よりも大きな話題になってしまった。

 

 その後、今年5月に一度は再戦が決定するも、ドーピング検査の結果、カネロから禁止薬物にあたるクレンブテノールがカネロから検出され、事態は紛糾。カネロ側はメキシコで食べた汚染肉の影響と主張し、PED(運動能力向上)目的は否定したが、それでも結局は半年間の出場停止処分が告げられ、リマッチは延期となった。以降、両陣営は互いを激しく罵り合い、執拗なトラッシュトークを続けていった。

 

 予想困難な展開と結果

 

(写真:カネロに比べると確かに興行価値では劣るが、それでもメキシコ人にも多くのファンを持つゴロフキンは今や米国内でも屈指のドル箱選手である Photo By Tom Hogan-Hoganphotos/Golden Boy Promotions)

 ボクシングにおける“因縁”はビジネス目的の作り物のことも多いが、現在のゴロフキン、カネロの間にある敵対心は紛れもなく本物。メディアを通じたしつこい舌戦には、そろそろ辟易とさせられているというファンも多いに違いない。

 

 ただ、PPVで高数値を叩き出すには一般ファンも巻き込まねばならないことを考えれば、より広い層にアピールするという意味で、今回の騒ぎはビジネス面でプラスに働く可能性が高い。両者の第1戦ではPPV売り上げ130万件、ゲート収入も2700万ドルという好成績を収めた。リマッチではさらに良い数字が出るのはほぼ間違いない。

 

 さて、今戦はいったいどんな展開を辿り、どんな結果に終わるのか。どちらもすでに手の内をさらけ出した末の再戦にも関わらず、予想は容易ではない。

 

 ゴロフキンが押し気味だったものの、第1戦はカネロの健闘が目立ったファイトでもあった。あの試合から何かを学び、適切なアジャストメントを施すとすれば、年齢的にも今がピークのカネロの方か。30代も後半に入ったプロアスリートに衰えが見えるのは当然で、過去数年のゴロフキンには綻びも確実に見えるようになった。

 

(写真:再戦ではディフェンスだけでなく、攻撃でヤマを作れるかが鍵の1つになる Photo By Tom Hogan-Hoganphotos/Golden Boy Promotions)

 最近ではシーサケット・ソールンビサイ(タイ)対ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)、セルゲイ・コバレフ(ロシア)対アンドレ・ウォード(アメリカ)の第1戦はそれぞれ論議を呼ぶ大接戦になったが、再戦では初戦で判定に救われたと目された選手がほぼ完璧なストップ勝ちを飾った。ゴンサレスは歴戦の疲れと相手のパワーに屈し、コバレフはライバルのアジャストメント能力にしてやられた形。KO決着まではともかく、ゴロフキン対カネロが似たような流れをたどる可能性はある。

 

 重大な不確定要素

 

 初戦ではゴロフキンの馬力に押し負けたカネロだが、ロープ際での巧さとディフェンス能力は誇示していた。リマッチで目指すべきは、スタミナ増加に裏打ちされたよりメリハリのある攻防。ミドル級での戦いにも慣れた27歳のメキシカンが、より上手に立ち回った上で6~8ラウンドを奪う姿は想像できる。

 

 ただ筆者は以前から指摘しているが、今戦には極めて重大な不確定要素が1つある。8月23日にニューヨークで行われた次戦の発表会見の際、元WBA世界ミドル級正規王者ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)が残したこんな言葉は無視できない。

「カネロが“例の件の後(post-whatever)”にどんな状態かはわからない。一方、ゴロフキンがこれまで通りだということはわかっている。何かしら変えるかもしれないが、いつも通りに前に出てくるはずだ。確信まではないが、前回同様、私はゴロフキン勝利という結果を予想する。私は第1戦も彼が勝ったと思ったからね」

 

(写真:“やや細くなった”という評判は本当か。それが意味するところは何か。今戦で答えが見えるか Photo By Tom Hogan-Hoganphotos/Golden Boy Promotions)

 カネロのPED使用に関する真偽は依然として藪の中。今戦でVADA(ボランティアのアンチ・ドーピング機構)の厳格な検査に同意したことの影響は、現時点で知る由もない。その影響を感じさせないまま、過去数年と同様にさらに成長した姿を見せるかもしれない。一方、フィジカルだけでなく、メンタルにまで響くとされるPEDの使用が事実であり、それをここでやめたのであれば、台頭期のように頼りない姿を見せるのかもしれない。

 

 逆に言えば、今戦でのフィジカル、スタミナ、そして実際の戦いぶりなどから、疑惑の真実が少なからず見えてくるのだろう。そういった意味で、ファイト前日に盛大に行われる公開計量からすでに目が離せない。

 

 すべてのゴタゴタが何も影響しないという条件付きで、筆者はここではカネロの小差判定勝ちを推したい。ただ、予想にまったく自信はなく、それゆえに今戦は興味深い。すべての因縁にここで決着がつくとも限らない。確かなのは、9月15日のリング上では何でも起こり得るということ。ワイルドな前宣伝の後で、試合当日、ストーリーはさらに混乱しそうな予感もほのかに漂っている。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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