「変に内野ゴロ打たすなよ。そいつがエラーしたら一生、傷つくからな」。4月に上行結腸ガンのため他界した衣笠祥雄は盟友である江夏豊に向かい、念押しするように言った。

 

 1979年11月4日、大阪球場。広島対近鉄の日本シリーズ第7戦。9回裏、4対3と1点リードながら、広島は無死一、三塁のピンチを迎える。ここで広島ベンチはブルペンに北別府学と池谷公二郎を走らせる。それを見た江夏が「オレを信用していないのか」と激怒し、平常心を失いかけたのは、よく知られる話だ。

 

 無死満塁。ファーストから衣笠祥雄が駆け寄り、「オマエが辞めるなら、オレも一緒に辞めてやる」と言葉をかける。我に返った江夏が後続を抑え、広島を初の日本一に導くシーンは山際淳司のノンフィクション「江夏の21球」に詳しい。冒頭のセリフはファーストに戻る際に、衣笠が江夏に投げかけたものである。「この話はあまり知られていないでしょう」。亡くなる1年程前に衣笠から聞いた。

 

 江夏にもそれを伝えた。「そのことはあまり覚えとらんなァ…。覚えとるのはアイツの白い歯よ。サチがファーストベースに2、3歩帰りかけ、一瞬振り返った。その時にバチンと目が合った。まじまじと顔を見たら本当にきれいな歯をしとった。不謹慎な言い方かもしらんけど、その時にほんの一瞬、野球のことを忘れたよ。気分転換とでも言えばいいんかな。あれで、“よし、もう一回頑張ろう”という気になれたんだ」。

 

 マジック1で迎えた24日の横浜DeNA戦、広島は拙守が原因で敗れた。先発クリス・ジョンソンの長い足を、サードの西川龍馬が思いっ切り引っ張った。失策こそ6回の暴投ひとつだけだったが、3回にも怪しいプレーが2つほどあった。

 

 気になったのは、その後のコミュニケーションである。西川は「ジョンソンとはその後話した」と語っているが、エラー直後にはマウンドに行かなかった。満座で大恥をかいた本人は穴があったら入りたい気持ちだったろう。ならば内野の誰かがジョンソンに「サードには穴が開いている」とジョークのひとつでも飛ばせば、マウンド上の険しい雰囲気も少しは和らいだかもしれない。広島にとっては不得意なポストシーズンゲーム。修羅場のコミュニケーション力が試される。

 

<この原稿は18年9月26日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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