川口引退、レジェンドGKが進む道

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 川口能活は、熱い男である。

 25年間のプロキャリアに終止符を打ち、14日に相模原市内で行われた引退会見では何度も目頭を熱くした。SC相模原によれば、63社、130人のメディアが集まった。「こんなに来ていただいて最高にうれしい。感謝の気持ちしかありません」と彼は頭を下げた。会見では一つひとつの質問に対し、丁寧に答えようとしていた。時折、感極まって言葉に詰まると、筆者の胸にもジーンときた。

 

 43歳、日本サッカー界のレジェンドGK。

 1996年のアトランタ五輪“マイアミの奇跡”に始まり、97年には“ジョホールバルの歓喜”で初めてのワールドカップ出場を決めた。国際Aマッチでは歴代GKトップの116試合出場、4度のワールドカップ本大会メンバー入り……日本サッカー界の歴史に、川口はその名を刻んできた。

 

 だが30代半ばからはケガとの戦いが続き、9年間プレーしたジュビロ磐田を2013年シーズン限りで退団した後は、J2のFC岐阜、そして16年シーズンからはJ3の相模原でプレーした。川口にとってどのカテゴリーでプレーするかは関係なく「J3に挑戦する」と、むしろチャレンジ精神を燃やしてきた。

 

 引退はまだ先だと思っていた。

 彼の口から、カメルーンのロジェ・ミラが94年のアメリカワールドカップにおいて42歳でゴールを決めたこと、そしてポーツマス時代に正GKを争ったデイブ・ビーサントも42歳だったことを聞いていた。年齢ではなく、意欲。昨年にインタビューした際も「このまま終われないという思いが強いです」と語っていたからだ。

 

 会見ではその引退の理由を語った。

「実はこの1年、2年ぐらい、プレーを続けるかあるいは引退するか、その狭間で揺れていました。サッカーは大好きですし、続けたい。でも試合に出られないときもあって揺れていた中で、ロシアワールドカップの日本代表の戦いぶり、アンダーカテゴリーの日本代表の、アジアでの戦いぶりを見て、僕が代表でプレーしていたときよりも上のレベルというか、世界で戦える日本のサッカーになってきているなと思ったんですね。その状況の中で、違った形で日本サッカーに貢献したいという思いが強くなって、覚悟を決めました」

 

 彼らしい理由だった。

 川口は現役である以上、5回目のワールドカップを目指してきた。引退会見の言葉を聞きながら、以前語ってくれたことを思い起こした。

「僕はワールドカップのピッチに立って、一度も勝利を味わっていないんです。98年のフランスは3戦全敗で、06年のドイツは1分け2敗でしたから。やっぱり自分が出て、W杯で勝ちたいという思いは常にあるし、その思いは絶対に、絶対に捨てたくない。これからも現役を続けていく限り、それはあきらめたくはない」

 

 02年日韓はサブとして、10年の南アフリカはチームキャプテンとしてチームを支えた。自分が出て、ピッチで勝利を勝ち取りたい。その思いが、現役を続ける一つのモチベーションであった。今回、ロシアワールドカップを見て、純粋に“あとは任せた”という思いに変わったのだろう。

 

「違った形で貢献したい」は、すなわち指導者として。

「指導者になって自分が経験したことを伝えたい。サッカーは日々進歩しているので勉強して、指導者になる道を進んでいきたい」

 

 180cmと大柄ではない川口は素早い反応、広い守備範囲で勝負してきた。高いキック精度で常に攻撃の第一歩となることを心掛けた時代を先行くゴールキーパーであった。そして何より、プレーの一つひとつが絵になった。日本のゴールキーパーにとって、憧れの存在であり続けた。

 

 最終節(12月2日)の鹿児島ユナイテッド戦が現役最後の雄姿となる。まずはここに集中している。そして引退セレモニーが終わって現役にピリオドを打ってから、指導者の道に邁進する。

 

 次世代のヨシカツを育てる。

 きっと彼は情熱を持った、良い指導者になる。

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