現在は山梨学院大学の女子柔道部に所属する佐藤史織は、愛媛県にある柔道の名門校の新田高校出身だ。高校入学当初は57キロ級を主戦場としていたが、1年生の冬に63キロ級に転向した。2年時のインターハイでは早々に敗退したものの、パワー不足を改善すれば通用する手応えを感じた。

 

愛媛新聞社

 

 

 

 

 パワー不足を補うために佐藤は何をしたのか。

「体幹トレーニングは全体練習で行っていましたが、稽古の時には自分より体格の大きな人と組んだりするようになりました」

 

 同時に長所であるスタミナにも磨きをかけた。新田高柔道部の朝練習は走り込みが中心だった。それに加え、佐藤は空いている時間を利用し、自主的に走り込みを行った。

 

 新田高から南に1キロほど離れたところに福水神社がある。この神社に向かうためには139段の階段を上がらなければならない。佐藤はこの階段を走って昇降し、スタミナアップと足腰の強化に努めた。

 

 ひとりで階段を駆け上がった日々を懐かしそうに振り返った。

「土曜日の練習は午前中で終わるので、その後に福水の階段を走っていました。本数は気分で決めていましたが、10本くらいは走っていたと思います。結構、長かったですねぇ」

 

 63キロ級で戦うパワーとスタミナを養った佐藤は2014年の春に行われた全国高校選手権で準優勝を果たした。この大会で佐藤に追い風が吹いた。。

 

 諦めず、最後まで粘り強く戦う佐藤のスタイルが山梨学院大学女子柔道部監督の山部伸敏の目に留まったのだ。高校時代の佐藤の柔道を見て、山部はこう感じた。

「柔道には性格が出るんです。佐藤を見た時、粘り強さ、しぶとさ、気持ちの強さが出ていました。逆に言うと、どんなに良い技、綺麗な技を持っていてもあっさりしていて淡泊な柔道をする子もいます。佐藤は精神的な強さを持っているな、と思いました」

 

 高校3年時のインターハイでも2位に食い込んだ。1年前は早期敗退だったが、コンスタントに優勝争いを演じられるようになった。佐藤は自らの努力で63キロ級転向を“正解”にしたのだ。

 

 富士の麓に学び舎を構える山梨学院大に進学した佐藤。同大学での1年目は、思うように結果が出なかった。高校の63キロ級と大学の63キロ級では、さらにパワーが違った。それでも「慣れさえすれば」と腐ることはなかった。山部から課されたウエイトトレーニングをこつこつと続けた。

 

「高校では体幹トレーニングは経験していましたが、本格的なウエイトトレーニングは経験したことがなかったです。最初はやり方すらわからなかったんですが、ベンチプレスも軽いものから始めました。監督に姿勢やフォームを見てもらいながら徐々に成果が出てきました」

 

 大学2年の11月、講道館杯で佐藤は準決勝まで勝ち上がった。この大会の結果、全日本柔道連盟の強化指定入りを果たした。翌年4月、全日本選抜柔道体重別選手権大会で3位、10月の全日本学生柔道体重別選手権大会(学生体重別)では2位と好成績だった。どちらも負けた相手は能智亜衣美(現了徳寺学園)だった。能智は佐藤にとって超えるべき存在だった。

 

「能智さんとは何回も試合をしています。学生体重別の決勝でも負けたのですが、もう少しで追いつけるところまできたんです。やっとここまで来たのに……」

 

 転んでもただでは起きぬ

 

 一歩一歩ではあるが、着実に柔道家としてレベルアップしてきた。学生体重別で2位になった後も、強くなりたい一心で自分より階級が上の相手と稽古をしていた。3年の11月、不運が佐藤を襲う。稽古中に右膝の前十字靭帯断裂の大怪我を負ったのだ。その瞬間、佐藤は「絶対、(靭帯が)切れた。もう……、終わったな……」と思ったという。この怪我の影響で全柔連の強化指定からも外れた。

 

 全治には約半年を要する。心の糸もプツンと音を立てるように切れた。メンタルの強さが売りの佐藤でさえ「半年も練習できないのなら、もう私の負け。無理だな」とふさぎ込んだ。

 

 右肩上がりの柔道人生は一気に急降下。佐藤も柔道を諦めた。ところが、である。戦意喪失状態の彼女を「絶対、優勝できる」と励まし続けた人物がいる。

 

 恩師と慕う山部だった。この情熱に満ちた指導者は佐藤を諦めなかった。佐藤の回想――。

「私はもう無理だと思っていたのに、監督は“絶対優勝できる”と言い続けて自分のことをずっと信じてくれました。私もその気持ちに応えたい。こんなところで終われない、と思いました」

 

 再び負けじ魂に火をつけた佐藤は上半身を徹底的に鍛えることにした。山梨学院大のキャンパス内にはトレーニングセンター、通称トレセンがある。ここには筋力トレーニングマシーンがずらりと並ぶ。佐藤はトレセンに早朝練習、午前練習、午後練習、夜練習と1日に4回も足を運んだ。「たとえば、朝に背筋を鍛えたら午前は肩、午後は胸筋、夜は腹筋を鍛えました」と佐藤。半年も上半身をいじめ抜いた。右足はやせ細ったが早く練習に入りたいという一心でリハビリをこなした。

 

 苦しいリハビリを経て戦線に復帰したが、再び怪我が彼女を奈落の底に突き落とす。今年6月、復帰戦となった全日本学生優勝大会(団体戦)で同じ箇所の靭帯を損傷してしまった。

 

 タイトルを奪取し、恩師に恩返しをしたいという強い思いがあったのだろう。佐藤は再びリハビリに励んだ。3カ月後に迎えた学生体重別。1回戦から苦戦したものの、持ち前の粘り強さでついに個人戦を制したのだ。優勝決定直後、佐藤は「家族や監督の支えがあって、優勝することができました」と感謝の念を口にした。

 

 山部は佐藤が怪我をする前と後の変化について教えてくれた。

「“感謝”という言葉を使うようになった。いつも試合後にレポートを提出させるのですが、今回の優勝も自分で勝ち切ったというより周囲のサポートのおかげで勝てました、と書いてありました」

 

 これまでの道のりは決して平坦ではなかった。それでも持ち前の粘り強さ、しぶとさで崖をよじ登ってきた。転げ落ちそうになっても諦めることだけはしなかった。歩幅は狭くとも力強く歩を進める佐藤の未来には、どんな景色が広がっているのだろう。

 

(おわり)

 

佐藤史織(さとう・しおり)プロフィール>

1996年4月19日、大阪府東大阪市生まれ。階級は63キロ級。あすなろクラブ-新田高校-山梨学院大。8歳で柔道を始める。2014年全国高校選手権2位、同年インターハイ2位だった。この9月に行われた全日本学生柔道体重別選手権大会で初めて国内の個人大会で優勝を果たした。10月に全日本柔道連盟の強化指定選手に復帰した。身長162センチ。得意技は袖釣込み腰。

 

(文/大木雄貴、写真/杉浦泰介)

 

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