山梨学院大学の女子柔道部に所属する佐藤史織は中学時代、奈良県が練習拠点だったあすなろクラブに通っていた。中学3年生の時、彼女は進路で悩んでいた。

愛媛新聞社

 

 

 

 

 結果的に愛媛県にある柔道の名門の新田高校に進学する。同高に進学した理由は「あすなろクラブの先生に薦められた」からだ。その先生とは佐藤を小学2年生の頃から指導している神田博彰だ。

 

 佐藤の恩師に新田高校を薦めた理由を聞いた。

「佐藤を指導していて、“この子は将来、日の丸をつけられる選手になるんだろうな”と思いました。しかし、性格的に周囲に流されやすく、影響されやすい一面もあった。新田高校は柔道の日本代表選手を輩出している伝統校です。練習も厳しいと有名でした。佐藤が新田高校に行けば意識の高い仲間たちと切磋琢磨して自分の目標を見失わずに頑張れるのではないかと思って薦めました」

 

 「なぜ彼女を見て“日の丸を背負う選手になる”と思ったのか」と水を向けると、神田はこう返答した。

 

「ものすごく負けず嫌いな子でした。小学校2年生で“試合に負けてここまで悔しがるか”というくらい悔しがっていた。そして悔しがるだけでなく、それをバネにして自分で練習をガンガンやる子だったんです。小学生の頃から“ああ、この子は絶対モノになるなぁ”と思っていました。

 

 佐藤はいわゆる、花形選手、スター選手ではありません。泥臭くても最後まで諦めずにやり通す強い気持ちを持った、しぶとい選手になるだろうなと思っていました」

 

 新田高校を薦められた当初の心境を佐藤に聞くと「嫌だなぁ、と思った」という。15歳の子供が地元から離れるとなると不安を抱くのは至極当然である。迷いながらも中学3年生の春にあすなろクラブの他の門下生たちと新田高校の練習に参加した。この出稽古で受けた衝撃が佐藤の気持ちを動かした。

 

「柔道の練習前に体幹トレーニングを1時間ほど行うんです。これが当時の私にはかなりきつかった。それと同時に“ここに来れば私は強くなれる”と思いました。新田高校の先輩方も強くて全然かなわなかったけど、“負けたくない、ここに入りたい”と思いました」

 

 出稽古からの帰りの車中で神田に「新田に行きたい」と告げた。両親にも話した。両親は寂しさもあったが娘の意見を尊重し、愛媛に送り出した。

 

 57キロ級から63キロ級へ

 

 新田高校に入学した佐藤は、きつい体幹トレーニングをこなしながら成長していった。年に2、3回ほど帰省するが、そのたびに体が大きくなっていったという。父・龍一は「トレーニングの成果はかなり出たと思います」と語り、続けた。

「新田高校に行って下宿させていただいた。トレーニングと食事の良い影響だと思います。元々52キロだった体重が63キロまで増えました」

 

「周りの選手に絶対勝ちたい、負けたくない」と歯を食いしばりながら厳しいトレーニングをこなした佐藤。ここで新たな壁にぶつかった。高校1年生の終わりまで彼女は57キロ級を主戦場としていた。当然、大会前には減量をしなければならない。

 

この作業に違和感を覚え始めた。佐藤の回想――。

「減量がしんどかったです。ご飯も食べられないと柔道の練習も身が入らない。“こんなことをしていても強くならないな”と思って63キロ級に上げようと決めたんです」

 

 せっかく体幹トレーニングで鍛えて筋力をつけても大会前に落とす。こんなことをしていても……と思うのも無理はない。だが、格闘技や武道の世界において階級を変える決断は簡単なものではない。階級を上げた当初は対戦相手とのパワーの違いに戸惑った。

 

「みんな、力が強くて驚きました。57キロ級と全然違う。高校2年生の時のインターハイはすぐに負けてしまった。でも自分も力さえつければ問題ないとも思いました」(佐藤)

 

 階級を上げることの難しさを専門家に聞いた。神田は「特に女子の57キロ級と63キロ級の間は体つきがものすごく大きく変わる」と述べ、こう続けた。

「パワーの面ですごく差の出る階級なんです。本人が63キロ級で勝負するという覚悟は、相当なものがあったと思うんです。

 

 ただ、あの子の柔道の質を考えると63キロ級の方が上にいけるのかな、と思いました。63キロ級は57キロ級に比べて若干スピードが落ちる。佐藤はスピード重視、スタミナ重視で攻めるスタイル。あの子の持っている良いところが63キロ級で光ると思いました」

 

 実際、佐藤から階級を上げた知らせを聞いた時には「大賛成でした」と神田。佐藤は自らの努力で階級を上げたことを“正解”とする。だがこの後、彼女はジェットコースターのように浮き沈みの激しい人生を歩むことになる。

 

(最終回につづく)

 

<佐藤史織(さとう・しおり)プロフィール>

1996年4月19日、大阪府東大阪市生まれ。階級は63キロ級。あすなろクラブ-新田高校-山梨学院大。8歳で柔道を始める。2014年全国高校選手権2位、同年インターハイ2位だった。この9月に行われた全日本学生柔道体重別選手権大会で初めて国内の個人大会で優勝を果たした。10月に全日本柔道連盟の強化指定選手に復帰した。身長162センチ。得意技は袖釣込み腰。

 

(文/大木雄貴、写真/杉浦泰介)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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