(写真:今ではロマチェンコのリング登場は見逃せないイベントと捉えられるようになった Photo By Mikey Williams/Top Rank」)

 ニューヨークのボクシングファンに、一足早いクリスマス・プレゼントが間もなく届こうとしている。今週末より、殿堂マディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)で2週連続の大興行が予定されているのだ。

 

 まず8日には、“現役最高のボクサー”の呼び声も高いWBA世界ライト級王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)がMSGシアターで王座統一戦を開催する。続いて15日には、“現役人気No.1”のサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)がMSG大アリーナで3階級制覇に挑戦する。

 

 どちらのイベントも満員のファンを集め、期間中のニューヨークは“ボクシング・シティ”と称されるに相応しい雰囲気になるはずだ。ファン垂涎の8日間の中で最も輝くのはどのボクサーか。今回はこの2興行の背景と見どころを探り、それぞれのファイトの行方も展望していきたい。

 

“ザ・ガーデン”での超人復活なるか

 

12月8日 マディソン・スクウェア・ガーデン・シアター

WBA、WBO世界ライト級タイトル戦

 

WBA王者 

ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ/30歳/11勝(9KO)1敗)

vs.

WBO王者

ホセ・ペドラザ(プエルトリコ/29歳/25勝(12KO)1敗)

 

 ロマチェンコにとって、今回で3戦連続での“ザ・ガーデン”登場となる。プロデビュー以来わずか11戦。ミゲール・コット(プエルトリコ)、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)からバトンを受け取り、ウクライナの拳豪は伝統のリングの新たな顔役に就任した感がある。

 

 5月のホルヘ・リナレス(ベネズエラ)戦ではMSGメインアリーナに1万人以上のファンを集めたにも関わらず、今戦は再びより小型のシアターでの興行となった。当日はNBAのニューヨーク・ニックスのゲーム開催が決まっていたため、実はこの試合ははもともとロサンゼルス開催で企画されたという。しかし、大学フットボールのハイズマン賞(MVP)セレモニーと同日にニューヨークで主要ファイトを組みたいというESPNの希望により、結局は約5500人程度収容のMSGシアターでのライト級統一戦挙行が決定したという経緯がある。

 

 これらのエピソードは、アメリカ国内でのロマチェンコのステイタスと存在感の高まりを指し示す。1年前のギジェルモ・リゴンドー(キューバ)戦同様、8日のシアターは“本物のボクシングが見たい”というファンの熱気に包まれることだろう。

 

 試合予想はやはり一方的にロマチェンコに傾いている。2階級制覇王者のペドラザは堅実な好ボクサーだが、今まさに旬を迎えている史上最速の3階級制覇王者とは総合力で大きな差があるという見方が一般的だ。

 

(写真:筆者の質問に丁寧に答えるペドラザ。流れを変える一撃は出るか)

「私の方が背が高いので、リーチを生かし、距離をとって戦うつもりです」

 ペドラザは筆者とのインタビュー中、そんな風にファイトプランを明かしてくれた。実際、ロマチェンコは前戦でリナレスのスピード、スキル、そしてサイズに苦しんだ感があっただけに、プエルトリコ人王者が身長差を有効利用する展開になれば、何らかの見せ場を作れるのかもしれない。

 

 ただ、一発の破壊力に欠け、目立った武器がないペドラザではロマチェンコに脅威を与えるのは難しい。中盤以降、スキル、スピードで大きく上回るロマチェンコの独壇場になる可能性は高い。リナレス戦中盤に見せたような油断、その試合中に痛めた右肩のケガの後遺症さえなければ、サウスポーのスピードスターがWBO王者を終盤までにストップすることも十分ありそうだ。

 

 WBC、IBF王者マイキー・ガルシア(アメリカ)、WBA世界スーパーフェザー級王者ジャーボンタ・デイビス(アメリカ)といった周辺階級の強豪との直接対決は現実的に難しく、今後のロマチェンコはライバル不足に悩まされることも考えられる。だとすれば、試合内容で魅了してほしいもの。人間離れした動きから繰り出されるパフォーマンスの復活を、多くのニューヨーカーが心待ちにしている。

 

 ブロードウェイ初登場のメキシカンアイドル

 

(写真:体格で大きく上回るフィールディングだが、サイズ以外の武器に乏しい Photo By Golden Boy Promotions)

12月15日 マディソン・スクウェア・ガーデン

WBA世界スーパーミドル級タイトル戦

 

王者 

ロッキー・フィールディング(イギリス/31歳/27勝(15KO)1敗)

vs.

挑戦者/WBA、WBC世界ミドル級王者

サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ/28歳/50勝(34KO)1敗2分)

 

 

 現代のメキシカンアイドル、“カネロ”がブロードウェイ初登場――。これまでアメリカ西海岸でのファイトが多かったアルバレスが、フロイド・メイウェザー(アメリカ)、マニー・パッキャオ(フィリピン)でもなし得なかったニューヨーク進出を果たすことになる。

 

 9月に極小差の判定ながらゴロフキン(カザフスタン)に初黒星をつけ、ちょうど3ケ月後に今年3度目の試合を決断。トップファイターは1年2試合が定着した現代において、特に前戦で左目をカットしたカネロが、これほど速いペースで次戦を決めたことは多くのファン、関係者を驚かせた。

 

 もっとも、今戦ではゴロフキン戦同様の激闘が予期されているわけではない。7月に番狂わせでスーパーミドル級タイトルを奪ったフィールディングは、エリートレベルからはほど遠い選手。カネロ絶対有利の声が圧倒的で、中盤あたりにボディブローでのストップ勝ちが有力だ。体格差ゆえにフィニッシュに手間どることはあっても、一戦ごとにスキルを向上させているミドル級王者が負けることは考え難い。

 

(写真:カネロにとってフィールディング戦はDAZNとの契約第1戦になる Photo By Golden Boy Promotions)

 スーパーウェルター、ミドル級に続く3階級制覇を狙う一戦は、カネロにとって実は英語で言うところの“Stay Busy Fight(調整試合)”。恒例となった5、9月のビッグイベントの合間に、ウェイトを必死に落とさずに済むスーパーミドル級戦を上手に挟み込んだ形。ここで以前から興味があったニューヨーク進出を果たし、同時にタイトルを増やして箔をつけようというカネロ陣営の意向が透けて見えてくる。

 

 ともあれ、試合自体は一方的になるとしても、約2万人を飲み込むであろう15日のMSGは華やかな雰囲気になるはずだ。ファイトウィーク中にはニューヨーク中で様々なイベントが開催され、多くの現役選手、関係者、ファンが集まるに違いない。

 

 カネロ対フィールディング戦は、“ビッグファイト”ではなく“ビッグイベント”。最も盛り上がるのはゴング前までだとしても、大アリーナに多くのファン、関係者が集結し、1年の最後を飾るという意味で、実に思い出深い夜になるのではないか。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
>>公式twitter


◎バックナンバーはこちらから