(写真:場所を選ばず勝ち続けるウシク<左>の快進撃は続く Photo By Tom Hogan Photos/Golden Boy Promotions)

 2018年も終わりに近づき、主要ファイトはすでに大半が終了した。そこで今回は今年度の世界ボクシング界を振り返りつつ、恒例になった“年間最高選手”を独自に選出してみたい。

 今週末には中量級を席巻するチャーロ兄弟(ジャーモール、ジャーメル)の防衛戦、年末にはアジアで恒例の世界戦ラッシュも残っているが、その結果が今回の選考に影響することはあるまい。だとすれば、この時点で“Fighter of the Year”を選んでも問題ないはずである。

 

 

オレクサンダー・ウシク(ウクライナ/WBA、WBC、IBF、WBO世界クルーザー級王者)

2018年 3戦3勝(1KO)

マイリス・ブリエディス(ラトビア) 判定(WBO、WBC王座統一戦)

ムラト・ガシエフ(ロシア)     判定(4団体王座統一戦)

トニー・ベリュー(イギリス)    8回TKO

 

 人呼んで“現代最高のロード・ウォリアー”———。今年はブリエディス、ガシエフ、ベリューといったクルーザー級の強豪たちの母国に次々と乗り込み、すべて明白に勝利した。その過程でワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)のクルーザー級を制し、世界4団体統一。全階級を通じても最高級のレジュメを持つ31歳のサウスポーこそが、2018年最高のボクサーの称号に相応しい。今年はほぼすべての主要媒体がウシクを“Fighter of the Year”に選ぶのではないか。

 

 ウシクのロード・ウォリアーぶりは今年に始まったものではない。2016年以降、クジシュトフ・グロワキ(ポーランド)、マイケル・ハンター(アメリカ)、マルコ・フック(ドイツ)といった著名選手たちを敵地で下してきた。いわゆる“Aサイド”のスターが可能な限りのアドバンテージを得ようとする現代リングで、この選手の軌跡はいくら賞賛しても足りないくらい。2019年はヘビー級進出も予想される。ウシクなら喜んでアンソニー・ジョシュア(イギリス)、デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)の地元に出向き、堂々と戦い続けるのだろう。

 

 

ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ/WBA、WBO世界ライト級王者)

2018年 2勝(1KO)

ホルヘ・リナレス(ベネズエラ/帝拳) 10回TKO(WBA世界ライト級タイトルマッチ)

ホセ・ペドラザ(プエルトリコ)    判定(WBA、WBO王座統一戦)

 

(写真:今年はロマチェンコ<前列左から2人目>ウシク<後列の中央>という2人のウクライナファイターの活躍が目立った Photo By Mikey Williams / Top Rank)

 去年は多くの媒体から“Fighter of the Year”に選出されたウクライナの天才は、今年はライト級に上げて2戦を行った。5月にはマディソン・スクウェア・ガーデンの大アリーナに初進出し、リナレスとのダウン応酬の激戦を制して史上最速での3階級制覇達成。12月8日にはペドラザとのハイレベルな技術戦に勝ち、王座統一も果たした。

 

 右肩を痛めて本人の望む年3試合がこなせなかったこともあり、今年の年間MVP選出は難しいかもしれない。ライト級に上げて以降は支配的な強さに陰りが見えるという声も出ており、実際に昇級はここまでがリミットか。

 

 もっとも、これまでが超人的過ぎただけで、ライト級でも体格で上回る王者クラスに明白に勝っていることはやはり驚異。英会話は完璧ではないながら、米東海岸でも定期的に大観衆を集める呼び物としても定着した。多くの関係者からパウンド・フォー・パウンドNo.1と認識され、常に最強の相手との対戦を望む現代の拳豪が、2019年はどんなストーリーを紡いでくれるかが今から楽しみである。

 

 

マイキー・ガルシア(アメリカ/WBC世界ライト級王者)

2018年 2戦2勝(1KO)

セルゲイ・リピネッツ(ロシア) 判定(IBF世界スーパーライト級タイトルマッチ)※のちに返上

ロバート・イースター・ジュニア(アメリカ) 判定(WBC、IBF世界ライト級王座統一戦)※IBFはのちに返上

 

(写真:基本に忠実な安定感では随一のガルシア<左>だが、カリスマ性の欠如が残念 Photo By Scott Hiramo / Showtime)

 “昇級戦”と“統一戦”に勝利という意味で、今年度のガルシアの軌跡はライバル扱いされることも増えたロマチェンコのそれと似通っている。3月にはリピネッツに勝って4階級制覇を達成し、7月にはイースターとの統一戦に勝利。試合内容自体はややインパクトに欠けたものの、階級の違いをものともせずに勝ち続ける安定感は出色だ。

 

 実績だけを考えれば、無敗のメキシコ系アメリカ人が“人気王者”といえる位置にまで達していないのは少々不思議ではある。パーソナリティの欠如、4階級制覇の過程で階級最強と目される選手と対戦していないことなどが災いしているのか。そんな現状を打破すべく、ガルシアは来春に一世一代の大勝負に出る。

 

 2019年3月16日、5階級を目指して階級最高の強打者と喧伝されるIBF世界ウェルター級王者エロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)への挑戦が決定。“勇敢というより無謀”とも評されるタイトル戦で、ガルシアのダメージを懸念する声は後を絶たない。ただ、ここでスペンスを破る大番狂わせを起こすことがあれば、ガルシアはその時点で来年度のMVPの最有力候補に躍り出るはずである。

 

 

サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ/WBA、WBC世界ミドル級王者、WBA世界スーパーミドル級王者)

2018年 2戦2勝(1KO)

ゲナディ・ゴロフキン(カザフスタン)  判定(WBA、WBC世界ミドル級タイトルマッチ)

ロッキー・フィールディング(イギリス) 3回KO(WBA世界スーパーミドル級タイトルマッチ)

 

(写真:人気先行型を思われたカネロも今では実力が人気に追いついてきた Photo By Tom Hogan Photos/Golden Boy Promotions)

 現代屈指の人気者カネロにとって、2018年は何といっても9月のゴロフキン戦での勝利が光る。12月にはマディソン・スクウェア・ガーデンへの初出場を果たし、フィールディングを寄せ付けずに3階級制覇を達成。春先のPED(運動能力向上薬)騒動、10月にDAZN(ダ・ゾーン)と結んだ11戦3億6500万ドルという超大型契約の話題性まで含め、ヘビー級以外では今年も最も存在感があった選手と言える。

 

 ゴロフキンとの2試合での微妙な判定、摘発されたクレンブテロールは単なるマスクにしか思えない薬物疑惑など、依然として突っ込みどころは数多く存在する。ゴロフキンに対しての(記録上の)1勝1分は、時期を慎重に選んだ陣営の勝利でもある。その一方で、スキル面の向上はもう無視できないレベル。攻守ともに上質なオールラウンド・ファイターとなり、パウンド・フォー・パウンド上位に含めても問題ない選手に成長したことは評価されるべきである。ゴロフキンの呪縛から解放されて自信をつけた感もあり、2019年はさらに充実の1年になっても驚くべきではない。

 

 

井上尚弥(大橋/WBA世界バンタム級王者)

2016年 2戦2勝(2KO)

ジェイミー・マクドネル(イギリス)     1回TKO(WBA世界バンタム級タイトルマッチ)

ファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国) 1回KO

 

(写真:日本人としてはもちろん史上初のパウンド・フォー・パウンドNo.1の座ももはや夢物語ではない)

 本来であれば、3月にヘビー級3団体統一戦を制したアンソニー・ジョシュア(イギリス)もこのリストに含めるべきかもしれない。全米ボクシング記者協会(BWAA)はテレンス・クロフォード(アメリカ)、モーリス・フッカー(アメリカ)を“Fighter of the Year”候補にノミネートしていた。しかし、今年度に生み出したインパクトでは、井上もその3人に勝るとも劣らない。

 

 5月にはマクドネルに勝って日本最速の3階級制覇を果たし、WBSS1回戦となった10月のパヤノ戦では年間最高KOの候補になりそうなノックアウト劇。どちらも初回で実績ある選手を吹き飛ばし、底知れぬ破壊力とスケールの大きさを印象付けた。バンタム級に上げてさらにパワーアップした印象もあり、世界的なセンセーションまであと一歩と言える。

 

 WBSSの準決勝、決勝が無事に行われさえすれば、2019年は井上が“Fighter of the Year”の有力候補になる可能性は十分。その頃にはパウンド・フォー・パウンドでもトップ3にランクされるかもしれない。本当に様々な意味で、来年は“ザ・モンスター”にとって重要な1年になりそうである。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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