意外と盛り上がっていないというのが正直な実感だった。
 ワールドカップ直前のブラジルを感じたいと思い、ぼくは先月半ばまで約3週間、ブラジルにいた。この国にとってW杯は特別である。

 冷やかな現地のムード

 これまで何度かW杯期間中にブラジルに滞在したことがある。ブラジル代表の試合が始まると、文字通り街の動きが停まる。商店はシャッターを下ろし、道路から車が消える。魔法で街から人を消し去ったかのような錯覚に陥るほどだ。

 彼らはブラジル代表のユニフォーム、応援グッズを持ってテレビの前に集まり、試合を観る。ブラジル代表が得点を挙げると、街が息を吹き返したかのように、あちらこちらから歓声が聞こえ、花火が打ち上げられる――。

 ところが、開幕を控えたブラジルは驚くほど冷ややかだった。大都市サンパウロやリオ・デ・ジャネイロの街のインフラは経済成長に追いついていない。空港は過密発着、幹線道路は朝晩に大渋滞――。ここにW杯の観光客が来ればどうなるのかと、人々は戦々恐々としていた。

 ブラジル国民の冷ややかさの裏側にはブラジル代表に対する不信もある。

 FCバルセロナのネイマールやダニエウ・アウベス、チェルシーのオスカー、あるいはレアル・マドリーのマルセロ――ブラジル代表メンバーは世界のビッグクラブに散らばっている。しかし、ネイマールを除けば、かつてのように世界屈指の選手が集まったという感じはしない。

 また、ロナウジーニョのようなブラジルらしい香りをぷんぷんとさせた選手が落選した。要するに、地味なのである。

 屈辱の経験が生んだ94年大会優勝

 セレソン(ブラジル代表)に対する不安は、識者からも聞いた。1994年アメリカW杯の優勝メンバー、ジウマールはこう言う。
「ブラジルは才能ある選手が沢山いる。優勝を狙うことだってできるだろう。ただ、選手はみな若く、経験がない。W杯は他の大会と違う。あのプレッシャーに慣れた選手が今回のセレソンには少ない」

 王国の10番を背負うネイマールは、今回が初めてのW杯。彼がブラジルサッカー界で注目されたのは、2010年南アフリカW杯の直前だった。だが、すでにチームが固まっていたこともあり、監督だったドゥンガはネイマールを代表に入れなかった。オスカー、フッキ、あるいはルイス・フェリペ・スコラリ監督のサッカーの「肝」と言えるボランチのルイス・グスターボも初めてのW杯となる。

 ジウマールは94年大会の優勝は、90年イタリアW杯の失敗(ベスト16敗退)があったからだと確信している。
「ドゥンガ、ロマーリオなど中心選手は90年大会を経験しており、あの大会の失敗を取り戻さなければならないと考えていた。そして、W杯が決勝トーナメントに入れば、1敗も許されないタフな大会であることを身体で知っていた」

 ジウマールによれば94年大会のセレソンは、間違ったことをしている選手、集中力を欠いている選手に対しては、遠慮なく怒鳴ってもいい雰囲気があったという。それを率先していたのがキャプテンのドゥンガだ。

「今回のキャプテン、チアーゴ・シウバのプレーは素晴らしい。しかし、周囲への影響力という面ではドゥンガと比べると物足りない。彼は(ベスト8で敗退した)南アW杯のメンバーではあったが、レギュラーではなかった。ドゥンガのように前回大会の敗退の悔しさが骨身に染みついているという程ではない」

 CBの安定感は強みに

 チーム内外の厳しい目がセレソンを団結させたというのは、元横浜フリューゲルスのジーニョも同意見だ。ジーニョもまた94年の優勝メンバーである。
「あのとき、セレソンに対して周囲が非常に懐疑的で、守備的だという批判もあった。だからこそ、ぼくたちは結果を残さなくてはならないと言い合ったものだ」

 ただ、今回のセレソンが優れている点もある。
 ブラジルは攻撃的な選手を多数輩出してきた。センターバックでさえも、攻撃参加を得意とする選手もいた(かつて、センターバックだったジュニオール・バイアーノがスルーパスを受けた試合を観たこともある!)。過去と比べると、ダビド・ルイスとチアーゴ・シウバという、ここまで安定感のあるセンターバックがセレソンに2人揃うことは珍しい。

 そうした意味では、固く守り、点を獲る――ブラジルらしいサッカーではないが、大会を進むうちにチームとして成長する可能性はある。何と言っても、監督のフェリポン(フェリペの愛称)は、セレソンを02年日韓W杯優勝、06年ドイツW杯はポルトガル代表をベスト4に導いた最高の経験があるのだから――。

田崎健太(たざき・けんた)
 ノンフィクション作家。1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス30年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日−スポーツビジネス下克上−』 (学研新書)、『W杯に群がる男たち—巨大サッカービジネスの闇—』(新潮文庫)、『辺境遊記』(絵・下田昌克 英治出版)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)。最新刊は『怪童 伊良部秀輝伝』(講談社)。早稲田大学講師として『スポーツジャーナリズム論』『実践スポーツジャーナリズム演習』を担当。早稲田大学スポーツ産業研究所招聘研究員。

※このコラムは毎月第2金曜日更新の「国境なきフットボール」のW杯特別版です。そのため、通常のコラムは休載いたします。ご了承ください。