今、W杯の開催地ブラジルにいる。
 南米大陸の約半分近くを占める広大な国は縦に大きく、南と北とでは気候もかなり違ってくる。筆者は7日夜、サッカー日本代表が事前合宿を行ったアメリカ・フロリダからサンパウロ入りした。

 南半球は暦の上では冬。常夏のフロリダから南部のサンパウロに入ってきただけに、かなり肌寒く感じてられた。国際線発着のグアルーリョス空港に到着して驚いたのは、開幕目前だというのに、W杯の雰囲気がまるでなかったことだ。昨年のコンフェデレーションズカップではレシフェの空港で軽快な音楽を奏でるサンバミュージック隊に出迎えられたので、今回はそれ以上のノリのいい雰囲気を期待していたのだが……。強いて言うならば、到着ゲートを出たところでお揃いのシャツを着た大会スタッフを目にしたぐらいだ。
 
 労働条件の賃上げを求めるストが頻発していて、巨額な資金を注ぎこんでいるW杯開催に対して反発の声はいまだに弱まっていない。こうした社会状況が反映されてのことなのか、国全体では盛り上がりを見せていないことを感じさせる“玄関口”の様子であった。

 翌日、取材パス(AD)を受け取るために、サンパウロに新設されたアレナ・デ・サンパウロ(アレナ・コリンチャンス)を訪れた。ここは開幕戦のブラジル対クロアチアの舞台にもなり、今大会では計6試合が予定されている。
 
 人と車でごった返す町の雑踏を抜けていくと、スタジアムが見えてくる。近くにショッピングモールや駅はあっても、スタジアムの周辺はいまだ開発中という感じだ。
 工事の遅れはニュースなどで報じられていたが、実際、目にすると、衝撃は少なくなかった。昨年11月、クレーン倒壊事故が起こった影響で工事がさらに遅れ、結局、スタジアムの屋根が一部、設置されない状態で本番を迎えることになった。設置の工事は、大会後に行われるという。

 開幕戦のスタジアムの完成が間に合っていないことが、今回のW杯を象徴しているように思えた。このような未完成、または“突貫工事”で何とか間に合わせたスタジアムは少なくないのだろう。

 長閑な町・イトゥ

 取材パスを受け取ってから、日本代表のベースキャンプ地イトゥに移動した。
 イトゥはサンパウロ近郊の小さな町だ。サンパウロからは車で1時間半から2時間ほどかかる。人と車で溢れるサンパウロからはガラリと変わり、イトゥは落ち着いた雰囲気だ。景色も牛や山羊などの家畜が方々で放牧されており、高層ビルも見当たらなくなる。

 日本代表のブラジル入り初日のトレーニングは、隣町ソロカバのスタジアムで行なわれた。公開練習だったこともあって5000人以上のファンが詰めかけ、ザックジャパンに声援を送った。地元在住の日本人ばかりではなく、近くに住んでいるであろうブラジル人の姿も多かった。

 面白かったのは、パスをつないでシュートで終わるトレーニングのとき。相手を置かないため、パスがいい形で入ってくればシュートは決めて然るべきである。そのシュートを外すと、「何やってんだ」とばかりに一斉にため息がこぼれるのだ。サッカー王国だからこその反応。シュートを大きくふかして外すと、ブーイングも飛んでいた。こういったサッカーにうるさいファンに囲まれてトレーニングするというのも、「アリだな」と思えた。

 ベースキャンプ地で練習をスタートしたのは9日からだった。
「スパ・スポーツ・リゾート」は東京ドーム3個分のスペースがある巨大な施設。いくつか候補があるなかで「私が自ら足を運んで決めた」とアルベルト・ザッケローニ監督が気に入って決めた場所だ。緑に囲まれ、リラックスできる環境。チームのリクエストを受け、個々の部屋にバスタブも用意されている。

 その宿泊施設の目の前に練習用ピッチがあり、サッカーだけに集中できるところだ。最寄りの空港まで約30分と移動のストレスもなく、前回の南アフリカW杯のベースキャンプ地ジョージの「ファンコート」と同様に、選手にとっては最高の環境のようだ。実際、かなり居心地は良さそうである。

 筆者はと言えば、5人のライターの方々とイトゥでコテージ風の施設を借り切っての共同生活。特に不自由はないが、ブラジルは何かと物価が高いなと感じてしまう。
 かくしてブラジルでの生活が始まった――。

(このレポートは不定期で更新します)

二宮寿朗(にのみや・としお)
 1972年愛媛県生まれ。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、サッカーでは日本代表の試合を数多く取材。06年に退社し「スポーツグラフィック・ナンバー」編集部を経て独立。著書には『岡田武史というリーダー 理想を説き、現実を戦う超マネジメント』(ベスト新書)、『闘争人〜松田直樹物語』、『松田直樹を忘れない。〜闘争人II 永遠の章〜』(ともに三栄書房)、『サッカー日本代表 勝つ準備』(実業之日本社、北条聡氏との共著)がある。『Sportsプレミア』で「FOOTBALL STANDARD」、携帯サイト『二宮清純.com』にて「日本代表特捜レポート」を好評連載中。