「さあ、このあと1000人の方の前で10分スピーチしてもらいます。

あなたの経験を観衆にぶつけてみてください」

 急にこんなこと言われると、その場面を想像し、そわそわし、喉が渇いてくる。そう、人が力を発揮しようとすると緊張し、心拍数があがり、表情はこわばり、汗をかいたりする。これは交感神経が優位に立つから当然の身体的な反応である。

 

 そしてそれが過度になると、通常の喋りや動きが取れなくなるし、適度にないと高まりも起きずに終わってしまう。

 僕の場合、過去のスポーツの現場でも、現在の職業柄もこんなシーンが多いので、普通の方に比べたら慣れているほうだとはいえ、やはり多少なりとも緊張するし、それをいつも自分なりに懸命に調整している。

 

 すると先日、「笑っているほうがパフォーマンス上がりますよ」とアドバイスをいただいた。確かに力の入れすぎはよくないのはよく分かる。それにしても笑顔が大切とは……。かなり疑って話を聞いていたのだが、実験してみると見事にその通り。さらには「相手が笑顔かどうかでも変わりますよ」という。これはさすがに信じがたいので、さっそく実験を行ってみたら……。それも複数人で同じようにやっても同じ結果になった。スポーツの世界では、「表情筋がカラダの筋肉にも影響するので、怖い顔、苦しい顔しないほうがいい」というのはよく言われる。特に持久スポーツの場合は、時間も長いので無駄な力を入れないのは大変重要で、レース中の表情は大切なのだが、今回はそれだけでもないらしい。かなり衝撃的なことであった。

 

 本来、自身の活動(知的活動)は、自分の感覚の上に成り立っている。

 味覚、視覚、聴覚といった五感で捕らえた情報を、姿勢や動作などの反応(感覚運動)に反映させ、言語や行動という認知活動になって、ようやく日常活動や学び(知的活動)に結びついてくる。だから我々の行動は頭で考えている前に、感覚から始まっているということ。だからこそこの感覚を大切にしなければならない。感覚は本来生きていくためには非常に大切で、敵から身を守り、食べ、寝るという行為に直結してくる。だから動物は知性よりも五感が発達しているのが当然で、もちろん人間もそうだったはず。情報が多くなり、五感を使わなくとも快適に安全に生きていけるようになると、当然の事ながらその感覚は鈍くなっていく。音を聞いたり、視界で確かめなくとも自分の安全な場所は分かるし、味覚で感じなくても食べ物の安全は確認できる。だからこそ、災害なのでそれが無くなったときには困るのだが、通常生きていく上では使う必要がなくなっているのだ。

 

 ただ、日本人はその感覚に優れ、それが昔からの伝統で『しつけ』として残ってきているのだと言われている。「姿勢を良く」「胸を張って」「手を温めて」など、『しつけ』として言われてきたことは、すべて感覚に直結するアクションだ。つまり昔の人々は、感覚が人間が生きていく上で大切なんだというのをどこかで感じとっていたからこそではないかと思う。

 

 パフォーマンス向上に繋がる!?

 

 そんな感覚を磨く環境を整えてパフォーマンスを上げていこうというのを研究しているのが、一般社団法人「日本味感学協会」という団体で、そのメソッドがFive-Senses-Effect-Method (FSEM)。本来持っている『感覚(五感)』を磨き、パフォーマンスアップを図ろうというものだ。この中では、視覚や味覚を刺激することにより、人間のパフォーマンスは変わると聞いたことがあるかもしれない。でも、僕がもっとも引っかかったのが、笑顔の反応だったというわけだ。

 

 なぜ笑顔になるとパフォーマンスが上がるのか? 実はまだ筋力と結びつけ立証したデータはないそうだ。なのにそれを実感できるという不思議。心理面からの効用は立証されているようで、これは分かりやすい。ともあれ、笑顔が、視神経、三叉神経、顔面神経にアプローチされるというのは分かっている。ちなみに、顔面神経の作用は、味覚と唾液に作用されるので、笑顔になって食べると味も変わるそうだ。これは皆さんも体感されているのでは? このように体は複雑に繋がっていることは間違いないので、何かこのあたりがパフォーマンス向上に寄与しているということなのだろう。

 

 ちなみに、人間はシュミラクラ現象といって、3点で構成されたものを見ると顔と認識する本能を持っているそうだ。突然何かに出会あうと、敵味方を判断したり、相手の行動、感情などを予測したりする目的で本能的にまず、相手の目を見る習性がある。人や動物の目と口は逆三角形に配置されていることから、点が逆三角形に配置されたものを見ると脳は顔と判断するようにできているらしい。そして今回のことは、この現象の発展系ではないかと考えられているようだ。

 

 結局、決定的な結論は得られることはできなかった。しかし、笑顔がパフォーマンスを上げることだけは体感できた。まずはこれから自分のためにも、そして周囲の人々のパフォーマンスのためにも笑顔を心がけよう。

 

「笑いは人の薬」「笑う門には福来る」など昔から、笑顔を勧める格言は多い。インディアンの格言にも「The smile that you send out returns to you.」(君が笑えば、みんなが笑う。みんなが笑えば、君も笑う)というものがあった。やはり昔から感覚に優れた人は感じていたということ。

 とりあえず今年は笑って過ごしますか!

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月に東京都議会議員に初当選。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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