ちょっとおデブで外見のコンプレックスがある女性が、頭を打って気を失い、目が覚めたら自分を理想の美女だと思い込む。外見は何も変わらないのに、自信をもって生活する彼女の態度に周りは戸惑うがおかまいなし。そのうちに周囲も変化していく……。この冬に公開された映画「I Feel Pretty」のストーリーだが、人間が生きていく際にいかに自信を持って生活するかが大切なのかを教えてくれる。世界的に見ても、控えめな人種である日本人は、「謙虚」こそが美徳というところもあり、どうしても自信を持った発言より、控え目な言葉を選んでしまいがちである。「これが生活や性格に影響しているかもしれない」としみじみ考えてしまった。

 

 そういえば、今年の日本マラソン界は自信を持つことができた1年だったと言える。

 2月の東京マラソンで設楽悠太選手が、2時間6分11秒の日本記録。2002年に高岡寿成選手が出した2時間6分16秒をなんと16年ぶりに更新した。これだけ医学やトレーニング理論、栄養学などが進む中で、16年間記録が更新されない種目も珍しい。しかし、世界はどんどんと更新を繰り返し、2002年はアメリカのハーリド・ハヌーシが2時間5分38秒だったのに、今年はケニアのエリウド・キプチョゲが2時間1分39秒と約4分の進化を遂げている。

 

 そんな「冬の日本マラソン界」に差し込んだ光とも言える設楽選手の記録。ここから状況は一変する。まず同じ東京で井上大仁選手が2時間6分54秒。日本人が6分台を出すのは16年ぶり、設楽選手がいなければ大絶賛の記録だった。だが、これも設楽選手がいたからこそ出た記録なのかもしれない。そして10月には大迫傑選手が2時間5分50秒と設楽選手の日本記録を塗り替えた。16年ぶりの新記録はわずか8カ月で更新されることとなった。

 

 同じシカゴでは藤本拓選手が2時間7分57秒と好記録をマーク。これも井上選手同様、大迫選手がいたからこそ出た記録のような気がするのは僕だけだろうか。さらに、12月の福岡では服部勇馬選手が2時間7分27秒。過去に18人しかいない2時間8分を切った日本人ランナーのうち5人が今年の記録という盛り上がりぶりである。これには陸上関係者も大喜びだ。

 

 自信の重要性

 

 ここで考えられるのが「自信」、もしくは「思い込み」と言ってもいいだろう。

「2時間6分16秒は破れない」と思っていた選手たちの見えないバリアに、設楽選手が風穴を開けたことで、他の選手たちも「俺たちも走れるのでは」と考え出したことが大きい。自分の身近なところで出た記録に「あいつでできたなら俺にだって」とリアルに考えられるようになることは、子供たちの間でもあることで、やはり本気で「できる」と思い込むことの大切さを見せてくれたような気がする。

 

 言葉で言うのは簡単ではあるが「思い込む」というのは、本当に本気で思わないとできることではない。そのためには、それを実感できる体験や理論付けが必要である。映画のように頭を打って思い込めればいいのだが、結局は「地道な努力が必要なのだろう」と書くことになってしまう。

 

 しかし、練習だけでは得られない自信の獲得はどの世界でも重要で、教育界でも「成功体験」という言葉で頻繁に登場する。あるスポーツの日本ナショナルチームコーチを務めたヨーロッパの指導者は「日本人に必要なのは戦えるという自信。だからステップを踏んでそういう機会をどんどん作っていった」とおっしゃっていたのを思い出す。この辺りに指導者の能力が問われるところだろう。そして今、国内マラソン界は成功体験を経て自信を持てるフェーズに入ったということだろう。

 

 さあ、いよいよ来年は9月にMGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)が開催される。大切な東京オリンピックの代表選考会。観客である僕たちも自信を持って応援したい。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月に東京都議会議員に初当選。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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