このところ、マラソン業界は沸いている。昨年の設楽悠太選手、大迫傑選手の相次ぐ日本新記録更新。さらに、9月に開催される東京五輪の最終予選であるMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)への出場権を獲得する選手が続々と登場し、関係者やファンを喜ばせている。これまで低調だった男子長距離界がこんな賑わいを見せるのは久しぶりで、個人的にもワクワクしているところだ。

 

 ところが先月、陸上界にとって衝撃的なニュースが入った。全日本実業団対抗駅伝で活躍していた日清食品グループが「駅伝撤退」を発表、選手の退部を勧告したという。MGCの出場権を持つ佐藤悠基選手、村澤明伸選手は残したものの、今年入社予定の2選手も内定取り消しと、かなり突然の判断であったことを伺わせた。

 

 12名の選手を退部させ、内定していた選手も断るとなると、実質陸上部は廃止に近く、個人活動をサポートするということになる。なぜ、ここでそのような判断に踏み切ったのか?

 

 日清食品のリリースはこうだ。

<これまでに実業団駅伝をはじめとした国内外の主要競技大会で活躍したほか、オリンピック選手を5名輩出するなど、陸上競技界の発展に対して一翼を担ってきました。しかしながら、発足当時とはさまざまな環境が変化してきたことから、今後は、世界を目指す選手の競技活動をサポートする体制に切り替えることとしました>

 つまり「チームはやりません、個人サポートに切り替えます」というのを明言しているのだ。

 

 その昔、アテネ五輪マラソン代表で当時の日清食品エースだった諏訪利成さんの取材で、彼らの寮に行ったことがある。新宿からほど近い静かな住宅街のアパートを貸し切り、選手たちが共同生活をしていた。会社には週1回の出勤で、ほぼ陸上漬けの生活を送れているのを羨ましく思うと同時に、その責任の重さにちょっと怖くなったのを覚えている。他のメジャープロスポーツほどでもないとは思うが、陸上でもこれだけのことができる。逆に言うと、これだけサポートをしてもらうと、プレッシャーもある……。“一流のチームとはこういうものなのか”と感心させられた。

 

 ただ、今回はその待遇こそが、つまり陸上部維持経費が会社の負担となってきたということだろう。

 16人の選手をキープするのと、2人の選手をカバーするのでは、その費用は大きく変わることは明らか。そして企業スポーツの費用対効果を考えると、個人サポートを選ぶという至極自然な流れだったのかもしれない。一説によると、「陸上よりテニスがいい」とう上層部の一言だったとも聞くが、確かにサポートする大坂なおみ選手の活躍で株価が上がったのを見ていると、「好みの問題」では片づけられないのかもしれない。

 

 未来のために一考すべき

 

 そもそも、陸上のマラソンや競歩、自転車のロードレースなどの路上スポーツは、観戦収入が取れないので興行としては成り立ちにくい。なので、大会でさえスポンサーと放映権料などで支えるしかない。当然、そこでパフォーマンスする選手の収入も限定される。まして国内の場合は公道使用競技において基本的に賞金は出せないので、そこでパフォーマンスする選手の収入は所属スポンサー契約などに限定されてしまうのである。私のやっているトライアスロンのようなマイナースポーツはスポンサーもなかなかつかないので、プロとして活動するのは本当に大変。昔は資料を持ってあちこちを回っていたのを思い出す。それに比べて陸上選手は、「こんな安定した生活を~」などと思っていたのだが……。

 

 ともあれ、そんなわけで公道にて行うスポーツは難しい。世界で人気を誇るロードレーサーでさえ、チームスポンサーの問題で、チームの消滅や分裂は毎年のことである。露出があっても、このようなリスクがあるのだから、露出が少ない、注目度が高くないスポーツは本当に苦しい。費用対効果だけを見られると当然厳しいものがある。スポーツで食っていくなんてとても思い描くことはできない。また広告費の概念が変化し、企業のお金の出し方が変わってきた現在では、露出があるだけでも難しいだろう。

 

 考えれば考えるほど暗雲が振り払えないのだが……。まず選手や関係者がこの現状を正しく受け止めることだろう。正直なところ、まだ実業団陸上部はメディアフレンドリーとはいかない。しかし、メディアに取り上げてもらうことすらできないようでは、そのスタート地点にも立てないということになる。

 

 さらに、自分たちの価値をどう生み出すのか。応援してくれる企業にとって自分が何をできるのか。どんな存在になるべきなのか。そのために何をすべきなのか。もちろん競技で成績を出すことはマストではあるが、ワールドクラスのプレーヤーでなくともその存在に意味は見出せるはず。世界一になれないなら、そこを真剣に考えないと未来はない。

 

 高齢化社会、人生100年時代を迎え、健康はますます重要視されるだろう。どれだけAIが進んでも、自分の健康は自分が食べて、自分が動いたところから生み出される。

 

 スポーツは身体的にも精神的にも刺激を与え、健康を獲得するのに大いに役立つことは明白な事実で、これからも注目されるだろう。問題はそんな社会的な需要と、プロスポーツをどう結び付けていくのか。この模索を個人レベルではもちろん、業界全体としても行っていかなければ、「スポーツで食う」というのは一握りのエンタメスポーツだけで終わってしまう。

 

 来シーズンのために、いや未来のためにも……。それを考えられるスポーツと、選手だけがプロとして生き残ることになるだろう。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月に東京都議会議員に初当選。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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