二宮: プロ野球ほどガバナンスとコンプライアンスが機能していない世界は他にありません。結局は楽天に入った一場靖弘の“裏金問題”の責任をとるかたちで読売の渡邉恒雄氏をはじめ3人のオーナーが辞任を余儀なくされたのに、ドラフト改革の動きがないのは自浄能力のない証拠ですね。これは言ってみれば“裏金”を生み出す構造を温存したということです。これで“子供たちに夢を”なんて言えるのでしょうか。

 

<この原稿は『月刊現代』(講談社)2005年2月号に掲載されたものです>

 

 二軍の指定年俸保証についても同じ意見です。入り口は平等だが、出口は不平等――これでいいと思うんです。チャンスを与えない社会よりは、チャンスを与えるが失敗もする社会のほうが健全といえるのではないでしょうか。

 

樋口: ある意味、これは日本社会の特徴とも言えます。日本の制度はスクリーニングは厳しいのですが、そこをパスすれば生活の安定がもたらされるというものが多い。司法試験や公認会計士の試験、大企業だってそうです。

 

二宮: スクリーニングでの競争よりも、それ以降の競争のほうが大切でしょう。一度、医師の国家試験に合格すれば、どれほどのミスを犯しても医師であり続けられるというのは変な話ですよ。

 

 さてプロ野球に話を戻しますと、入り口を広げ、若手にチャンスを与える意味で年俸の減額制限は今すぐ撤廃すべきだと思います。現行の野球協約では年俸1億円超の選手は本人の同意がない限り、30%しかカットできない。1億円以下の選手は25%です。

 

 極端な話をすれば、年俸5億円の選手はシーズン中、1試合も出場しなくてもダウンは30%までだから翌年、3億5000万円の高年俸を手にすることができるわけです。このような“高年俸維持システム”が球界の活力を削いでいることは、もはや明白です。プロ野球は実力主義だといいながら、まだ年功序列的な要素が残っている。中途半端に“継ぎ木”を行った結果が、今の不透明な年俸体系になって表れているのではないでしょうか。

 

樋口: 本当にそう思いますね。私は巨人ファンですが清原のプレーが見たいと思っても、ペタジーニがいるから見ることができない。その逆の思いをしている人もいるでしょう。同じポジションに複数のスタープレーヤーを集めることの弊害をもっと考えてほしい。これは人材の有効活用という面からも、球界全体にとって損失です。

 

“人事経済学”2つの目的

 

二宮: 私はFA制度は必要な制度だと思っていますが、その前にトレードを有効に活用すべきだというのが持論です。紆余曲折の末に清原の巨人残留が決まりましたが、堀内監督は彼の起用には消極的なようです。

 

 最悪なのは“飼い殺し”です。清原ファンといっても、清原のプレーが見たいわけであって、ベンチに座っている姿を見たいわけじゃない。もしベンチに置いておくだけならデッドストックですよ。

 

 彼を使わないのならば、シーズン中、どこかの球団に出してやればいい。パ・リーグならDH制がありますから、バッティングに専念することができます。個人的な意見ですが、明らかに戦力の劣る楽天に移籍すれば、東北のスターになりますよ。

 

 そして、これは戦力面のバランス均衡のみならず、経営面でも大きなメリットをもたらします。今季からセ・パのインターリーグ(交流戦)が始まりますが、清原のいる楽天なら、巨人の主催ゲームは超満員になり、視聴率もハネ上がります。つまり放出した巨人にとってもプラスになるということです。こうした「ウィン・ウィン・シチュエーション」を創出するためにはFAよりも、むしろトレードを積極的に活用すべきです。共存共栄に最も適した制度だと思います。

 

樋口: これまでのプロ野球はどこも球団の利益を優先させてきた。でもこれからは球界全体の利益を考えなければいけない。まさしく球界全体を見渡せるリーダーの出現が必要ですね。

 

 さて、もう一度“人事経済学”に話を戻しますと、これには2つの目的があります。ひとつは労働者の給与を決めること。そしてもうひとつが労働者の能力をどう高めるか、企業の考えている方向性を示すというものです。たとえば、ここを直せば来年の年俸はいくらですよ、というようにインセンティブを示しながら具体的に提示する。ここがはっきりしていれば、労働者の側からそう不満が出ることはありません。

 

 考課者の教育訓練は

 

二宮: プロ野球について言えば、査定のシステムがコロコロ変わることがあります。もし変えるのならば、事前に選手たちの了解をとっていなくてはなりません。そうしないと混乱の原因になってしまいます。

 

樋口: そういえばテレビで元巨人の江川卓氏が「今年から巨人は査定方法を変えた」と言っていましたよ(笑)。

 

二宮: それがきちんと選手に伝わっていればいいんですけどね(笑)。

 

 ところで巨人の査定について言いますと、かつてある査定担当者が私にこう言ったことがあります。「ウチはリリーフの給料が安いと言うが、リリーフは先発ローテーションに入れなかったピッチャーたちだ。だから先発よりも安いのは当然」と。私はクローザーを初めとするリリーフ投手が巨人で育たない原因の一端がここにあるな、と思いました。

 

 先発選民思想とでも言うんでしょうか。査定担当者がこれじゃリリーフ投手はモチベーションを喚起することはできませんよ。先発投手は確かに大切ですが、近代野球はリリーフを抜きにしては成り立ちません。そのあたりの査定に対する考え方が変わらない限り、“巨投”は再建できないと思います。

 

樋口: 査定をする人間のことを「考課者」というのですが、実業の世界ではこの「考課者」が一番のネックになっているんです。もっとはっきり言えば「考課者」の教育訓練がほとんどできていないんです。

 

 つまり、せっかく成果主義を導入しても、査定する側のスキルが高くなければ、この制度はまったく機能しないんです。うっかり部下に変な点数をつけると、にらまれてしまうからと言って甘い点数をつけたり、逆にリストラだけを目的に辛い点数をつけたりすると不協和音が高まるだけです。査定基準をどう企業(球団)戦略に結びつけるか、査定される側より、査定する側の能力がプロ野球でも問われていると言えます。

 

二宮: 巨人への一極集中構造といい、西武球団の実質的親会社のコクドによる株式の不祥事、つまり企業の公共性の問題といい、あるいは、“裏金”で明らかになったコンプライアンスの問題といい、プロ野球は日本社会の“負の縮図”と言うこともできます。逆説的にいえばプロ野球が変わればこの国も変わるということでしょうか……。05年こそ積年のウミを出し切り、再生の道筋を示す有意義な年になることを期待しましょう。

 

(おわり)


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