法政大学サッカー部所属のGK中野小次郎は高校進学の時に、徳島ヴォルティスユースに昇格を果たした。これまで所属していたジュニアユースは学年ごとにチームを編成していたが、ユースは1年生から3年生までが1つのチームとなる。1年目の競争相手は上級生ばかり。なかなかレギュラーを掴めない日々が続いた。

愛媛新聞社

 

 

 

 

 これまで潜在能力を買われてきた中野だったが、2年生の終わりの時期にGKコーチから「今までは将来性があるから、と言ってきた。だけどもう、そんなことも言っていられない。あまり成長していないのではないか?」と厳しい言葉をかけられた。

 

 母親のファインプレー

 

 GKコーチからの発破に中野は焦りもあったはずだ。そんな彼はこの時期、幸運にも人生のキーパーソンと出会った。その人物は「サムライスタビリティ」というジムの代表を務める稲垣宗員である。稲垣は独自のトレーニングメソッドを構築している敏腕トレーナーだ。2人の仲介役を担ったのは中野の母・由紀子だった。

 

 母・由紀子は素材にこだわったジェラート屋「ナチューラ Natural Gelato + Cafe Natura」を営んでいる。大学を卒業した年の夏に開業したというから驚きだ。この店の近くに稲垣が運営するジムがあり、稲垣の高校の同級生が由紀子の店で働いていた縁もあった。そのため稲垣はよくジェラートを食べに店に通っていた。

 

 由紀子の回想――。

「稲垣さんの同級生のスタッフに姿勢改善のセミナーも開くトレーナーだと聞きました。“1回、受けてみます?”と言われたので、お客さんを募ってうちのお店でセミナーを開いてもらったんです。私も参加して短時間で自分の体の変化がわかって、面白かったんです」

 

 このセミナーを受けて、母の脳裡に息子がよぎった。この時期、中野の身長は急激に伸びていた。「大きな体を自分でもうまく使えていないような感じがした」(母・由紀子)。そこで稲垣に息子を託してみようと思ったのだ。

 

 この話を聞いた中野は「最初は乗り気ではなかった」という。母はサッカーに関しては口出ししないと決めていたが、初めて干渉した。半ば強引に稲垣のもとに息子を連れていった。

 

 トレーナーの稲垣は身長が2メートル近くあった中野を見て、「綺麗な体をしている」と感じた。そして、稲垣独自の目線で中野の第一印象を語ってくれた。

 

「背が大きいと末端肥大症で手足が妙に大きかったりするんですが小次郎はそうではなかった。ドアをスッと軽快に開けて室内に入ってきましたし、靴ひもを結ぶ、靴を脱ぐという動作も速かった。背が大きい割にそういった細かい動作が速いなと思いました」

 

 テストをすると構えるから……

 

 普通なら、様々な動作テストをしてからこういった印象を受けるはずである。「テストをする前の段階でよくそこまで見抜けますね」と聞くと、稲垣は「だって“テスト、始めるよ”っていうと、構えるでしょう(笑)」と答え、続けた。

 

「テストの成績はもちろん参考にはします。だけど、テストだけでは咄嗟に出る反応がわからない。だから、僕はわざとそこら辺に私物を置いておいて、無駄話をしている最中に“ちょっとそれを取って”と言って、しゃがむ動作を見る。他にも靴を脱ぐ、ひも結ぶといった動作を見るんです。小次郎はこれが速かった」

 

 稲垣はすぐに、中野は磨けば光る原石だと思い「日本代表にも入れる」と母・由紀子に伝えた。すると母は「ええ! それはないわぁ!」と驚いたという。だが、のちにこれが笑い話となる。

 

 話を戻そう。日常的な動作を見た後、中野が「何か、ひっかかりがある」と感じている原因を突き止めるためのテストを行った。稲垣の解説はこうだった。

 

「動作が起こる時に最初に動かないといけない場所がある。我々の業界ではモーターコントロールといいます。簡単に言うと、あるところからスイッチが入って体が動いて欲しいのに小次郎はそこでいくつかエラーが出たんです。突き詰めた結果、呼吸運動のエラーだった。ある部分の筋肉が使われすぎて、本来反応すべき筋肉の動作が遅れているから“うまく動かない感じがするんだよ”と教えました」

 

 原因を突き止めて、その箇所を修正すると中野は「あ、これは違う」と感じた。1日で違いが感じられるのであれば、もっと頻繁にここに通えば……と思うのは当然だった。中野はこの日から週2回、稲垣のジムでトレーニングをすることになった。

 

 2人3脚で初めに取り組んだのは「はっきりと言葉にするなら姿勢の改善」(稲垣)だった。専門的に言えば上部胸椎、上部胸郭の動きの改善だ。稲垣曰く「赤ん坊で言えば首の座りをよくすること」。筋肉が収縮している部分は緩めて、伸びきった箇所を張り直すためインナーマッスルに刺激を与えるトレーニングに着手した。動作がスムーズになっていくのが、中野自身でもわかった。

 

「ステップワークをはじめ動きが俊敏になった。ジャンプもしやすくなり今まで止められなかったようなシュートが止められるようになった」

 

“ちょっと”違うは“だいぶ”違う

 

 中野は3年生になり見事、ヴォルティスユースの正GKの座を確保した。体が変わり、感覚が変わり、動きも変わった。ジムに通って半年あまり。稲垣はエクササイズ中の中野に「この前来た時より“ちょっと”違うか? それとも“だいぶ”違うか?」と質した。中野は「ちょっと、違います」と答えた。感覚を大事にするトレーナーは熱を込めて、“違い”についてこう説明した。

 

「彼には『その“ちょっと”違うは、“だいぶ”違うからね』と言いました。小次郎が最初、うちのジムに入った当初に言った“ちょっと”違うと半年経過して言う“ちょっと”違うは“だいぶ”違う。『その変化は絶対に見逃さないで欲しい』と僕は伝えました」

 

 徳島で磨かれた原石はその後もヴォルティスユースのゴールマウスにカギをかけ続け、大学サッカーの名門・法政大学から声がかかった。当時、トップチーム昇格は「保留」だった中野は法政大学進学を決意した。

 

 関東の大学に進学して1年目。Aチームの試合の出場機会に恵まれない選手のためのインディペンデンスリーグでの出場もきっかけになったのだろう。早生まれの中野は1年生の夏にU-18日本代表に選出された。代表選出の感想を聞くと「法政に来て人に見てもらえる環境に身を置いたからだと思う」と冷静に語った。

 

 一方、母はその知らせをすぐに稲垣に伝えた。出会った当時から素質を見抜いていた先見の明の持ち主は驚くことはなく「ほら言ったでしょう!」と笑いながら返したという。中野はこれ以降、2年生になっても怪我による辞退を除き、継続的に年代別の代表リストに名を連ねている。

 

 ひとりのトレーナーとの出会いが、中野の人生を大きく変えた。中野は稲垣との出会いをこう語る。

「稲垣さんと出会わなければ、きっと法政に来ることもできなかった。僕の人生のキーパーソンなんです」

 

 未来を嘱望されるGKに稲垣はこうエールを送る。

「彼はとても素直なパーソナリティーの持ち主です。どうにかして“この子にいい景色を見させてあげたい”と思わせるのが小次郎なんです。彼にも言ったことがありますが“キミを見てGKをやりたい!”って子供が増えると良いね、と。小次郎の真似をしてボールをキャッチする子がいたり、“小次郎”という言葉自体が“大きいGK”を表すようになったらいいなと思います」

 

 中野はこの春、大学3年生になる。ハイレベルな正GK争いが繰り広げられている法政大学サッカー部。定位置確保、そしてプロを目指す彼にとっては勝負の年となる。高さという武器と持ち前の素直さ、頭の良さを生かして守護神の座を狙う。身長2メートル、19歳の逸材の今後が楽しみで仕方がない。

 

(おわり)

 

中野小次郎(なかの・こじろう)プロフィール>

1999年3月5日、徳島県徳島市生まれ。小学2年時にサッカーをはじめ、5年生からGKに転向した。USFC-徳島ヴォルティスジュニアユース-徳島ヴォルティスユース。2017年に法政大学に進学。同年U-18日本代表、2018年にはU-19日本代表に選出された。身長200センチ、体重90キロ。

 

(文・写真/大木雄貴)

 

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