(写真:2019年上半期最大級の一戦はDAZNで生配信される Photo By Tom Hogan-Hoganphotos/Golden Boy Promotions)

5月4日 ラスベガス T-モバイルアリーナ

WBA、WBC、IBF世界ミドル級タイトルマッチ

 

WBAスーパー、WBC王者 

サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ/28歳/51勝(35KO)1敗2分)

vs.

IBF王者

ダニエル・ジェイコブス(アメリカ/32歳/35勝(29KO)2敗)

 

 

 試合の背景

 

 近年はビッグネームが揃い、群雄割拠の様相を呈しているミドル級で注目の統一戦が決まった。毎年ビッグファイトが挙行されるシンコ・デ・マヨ(メキシコ伝統の祝日)ウィークエンドに、カネロが実力派のジェイコブスと対戦する。昨年9月に微妙な判定ながら帝王ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)を下したメキシカンアイドルは、再び難敵を迎え撃つことになった。

 

「僕は常に(新たな)挑戦を求めていて、今戦も例外ではない。ジェイコブスの能力、才能はよくわかっている。彼がリング上でどう動けば良いかもわかっている。これまで通りに準備して、ファンに素晴らしいファイトをお届けしたい」

 2月28日にニューヨークで行われたキックオフ会見の際、カネロはそう語って素直にジェイコブスの実力を認めていた。

 

(写真:どんな記者にも丁寧に対応。ジェイコブスは業界屈指のナイスガイとしても知られる Photo By Tom Hogan-Hoganphotos/Golden Boy Promotions)

 脊椎の骨肉腫を克服したことから“ミラクルマン”と呼ばれるジェイコブスは、2017年3月に17連続KO防衛を続けていたゴロフキンを相手に大善戦。小差の判定で敗れたものの、評価と商品価値を高める結果となった。

 

 昨年10月には、こちらも無敗だったセルゲイ・デレビャンチェンコ(ロシア)に判定勝ちでIBF王座を獲得。必ずしも“人気選手”とはいえないジェイコブスだが、ハイレベルのミドル級でも一般的にカネロ、ゴロフキンに次ぐ3番手の実力者としてリスペクトされている。

 

 そのジェイコブスと今が旬のカネロと激突する一戦は、シニカルになりがちなボクシングメディア、ファンも文句をつけるのが難しい好カード。当日のベガスはビッグファイトに相応しい雰囲気になるはずである。

 

 興行的な要素

 

「DAZN(ダゾーン)では9ドル99セントでこの試合が見れる。PPVではなく、より安価かつ容易な形でファンは視聴できるんだ」

 カネロを抱えるゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)のオスカー・デラホーヤの説明通り、今戦はアメリカ国内でスポーツ動画配信サービスのDAZNで生配信される。昨秋にDAZNと11戦3億6500万ドルの新契約を結んだカネロにとって、今戦がその2戦目。この時点でジェイコブスのような難敵を選んだことに、驚いたファン、関係者が少なくなかったのは事実である。常に強豪との対戦を望むカネロ本人はともかく、GBPにとって、早い段階でこれほどリスキーなファイトを組む必要性は感じられなかったからだ。

 

(写真:ゴロフキンに勝って以降のカネロは表情が明らかに柔らかくなった Photo By Tom Hogan-Hoganphotos/Golden Boy Promotions)

 カネロ対ジェイコブスが早期成立した背後では、昨秋からアメリカ国内でのビジネスをスタートさせたDAZNの思惑が働いているのだろう。カネロは昨年12月にはロッキー・フィールディング(イギリス)に勝って3階級制覇を達成したものの、DAZNの視聴者数は20~30万件と伸び悩んだ(一部では約1万5000件の惨敗と伝えられたが、実際はそこまで酷くはなかったという)。

 

 ややインパクト不足だった新契約デビュー戦を終え、DAZNの重役であるジョン・スキッパー氏からGBPに何らかの重圧がかかった可能性は高い。

 

 ジェイコブス戦は、新たにDAZNの広告塔になったカネロの実力&興行力が再び問われる舞台。5月4日のカネロ対ジェイコブス戦から、6月1日のWBA、IBF、WBO世界ヘビー級王者アンソニー・ジョシュア(イギリス)対ジャレル・ミラー(アメリカ)までの約1カ月は、まだアメリカ国内では知名度の低いDAZNにとっても極めて重要な期間となりそうである。

 

 技術戦が濃厚か

 

 これまで述べてきた通り、ジェイコブスが最高級の戦力を備えたミドル級ファイターであることに疑問の余地はない。スキル、スピード、パワーのすべてが平均以上のオールラウンダー。ゴロフキン戦で手応えを得たか、以降は佇まいにも自信が感じられるようになった。

 

「ボクシングはスタイル次第。カネロがゴロフキンに勝ったからといって、僕にも勝てるとは限らない。僕の方が体格に恵まれている。ゴロフキンはカネロより大きかったけど、僕はゴロフキンよりもさらに大きい。(フィールディングは)カネロが対戦した中で最も大きい選手だったけど、彼は僕のようなスキルを持ち合わせていなかった。(体格差が)違いを生み出すだろう」

 ニューヨークでの会見を見ても、ジェイコブスが言及したサイズの違いは明白だった。本人の言葉を聞くまでもなく、32歳のブルックリナイト(ブルックリン出身者の愛称)はカネロを苦しめる要素を持っていると言えよう。

 

(写真:2人のサイズの違いは明白だ Photo By Tom Hogan-Hoganphotos/Golden Boy Promotions)

 しかし、それでも今戦はカネロの判定勝ちを推す声が断然多い。ほとんどのメディア、関係者が接戦を予想してはいても、最終的にジェイコブスが勝つと考えている識者を探すのは簡単ではない。

 

 当初はアイドル的に売り出されたカネロだったが、キャリアを重ねる過程で確実に成長してきた。中間&至近距離でのディフェンスは現役最高級。ドーピング事件でイメージは悪くなったものの、昨年9月にVADA(ボランティアのアンチ・ドーピング機構)の厳格な検査を受けた上でゴロフキンと互角に戦った実績はやはり評価せざるを得ない。

 

「カネロに勝つためには、現実的にジェイコブスは8ラウンド以上を明白に奪わなければいけない」

 “ブレッドマン”の愛称で知られるスティーブン・エドワーズ氏(フィラデルフィアに拠点を置くトレーナー。Boxingscene.comに定期的に執筆)のそんな意見も、実に言い得て妙である。

 

 とにかく商品価値がモノを言うのがアメリカのボクシング界。カネロの試合が接戦になった場合、現役最高の人気を誇るメキシカンにポイントは流れる傾向にある。エドワーズ氏の言葉通り、この選手に勝つには支配的なパフォーマンスが必要。ディフェンス、カウンター、見栄えの良い連打を持つカネロを完全に崩しきることは、ゴロフキンにとっても難しかった。ゴロフキンほどの攻撃力は持たないジェイコブスに、果たしてそれが可能なのかどうか。

 

 筆者の予想もやはり2~4ポイント差の判定でカネロの勝利。前述通り、ファイトウィーク中から華やかな雰囲気になりそうな今回のミドル級統一戦は、蓋を開けてみれば比較的地味な技術戦が濃厚か。ともにカウンターを狙い合い、我慢比べのような展開になるだろう。そんな中でもメキシカンが随所にみせる高速連打がジャッジに評価され、カネロの手が上がる可能性が高い。

 

 ミドル級のさらなる盛り上がりのためには、予定調和を良しとせず、会場を騒然とさせるような展開を期待したいところではある。今戦がどれだけヒートアップするかは、ベガスでの勝利パターンを確立したカネロではなく、ジェイコブスの頑張り次第。“ミラクルマン”は大舞台でオフェンスの精度を上げられるか。人生最大の一戦に臨むジェイコブスが、これまで以上に精力的かつ勇気を持って仕掛けられるかどうかが鍵になってくるのだろう。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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