上茶谷のように自然に、山本のように鋭く
少し時間を遡ることになるが、今年のオープン戦で一番驚いたのは、上茶谷大河(横浜DeNA)の投球である。3月7日、オープン戦初登板の中日戦だった。4回を完全に抑えて話題になったが、目をひいたのは、その投球スタイルである。
特に力んでいるとも見えないし、過剰にコントロールを意識しているようにも見えない。それなのに、自然に、投げる球がすべて低めのコーナーにおさまるのである。特にカット系のボールだろうか、右打者のアウトローに実にキレよく、決まる。それも、何回投げてもこうなりますよ、と言わんばかりの自然さであり、正確さであった。
確かにドラフト1位ルーキーではあるが、まさかこんなにいいとは思わなかった。このままごく自然に二桁勝って新人王だなあ、とある種の感慨をもって見たのである。
その後の登板で失点しているのがむしろ不思議なくらいだったが、公式戦初登板となる4月2日の東京ヤクルト戦では、7回1失点の好投を見せた。彼の場合、よく投げたというより、まあ大体こんなものだろう、というほうが、当たっている。
やはり、投球というものは、ストレートにしろ変化球にしろ、低めのコーナーにキレよく投げる、これが基本なのですね。むやみに力を入れたり狙ったりしないでも、自然にそうなることが肝要である。
話は変わるが、センバツ高校野球で今大会No.1と言われたのが、星稜高校の奥川恭伸である。初戦の履正社戦の出来は、確かに素晴らしかった。右打者のアウトコースぎりぎりに落差のあるスライダーが決まる。これだけでも高校生だと手も出ないのだが、そこへ最後は150キロ近いストレートをどすーん。ばったばったと17の三振の山を築いた。
スピードガンとの競争に意味はない
どなたか忘れたが、「マエケン(前田健太・ドジャース)みたい」だと評しておられた。言い得て妙である。マエケンもスライダーとストレートの出し入れですからね(今は変貌して、チェンジアップのマエケンだけど)。
奥川も、今すぐプロでも3勝くらいはできるかもしれない。彼はセンバツに臨むにあたって、「勝てる投球をしたい」とコメントしていた。要するに、スピードガンを意識して無駄に球速を求めず、コントロールとキレで勝負しようということだ。優勝候補筆頭としては、決勝までの連投を考えると、合理的な選択だったのだろう(もっとも、2回戦の習志野戦で敗退するのだが)。
実は、この奥川流の考え方の極端な例を、広陵高校の右腕エース・河野佳に見た。彼は、初戦の八戸学院光星戦の初回、右打者のインハイに150キロの速球(シュートというべきか)を投げている。
お、なかなか速い球があるな、と思ったら、その後のストレートは、ほぼすべて130キロ台であった。試合後のインタビューで、7~8割の力で、コントロールを重視して投げたと話していた。もちろん、2-0で完封したのだから、その方針は正しかったと言えるのだろう。
彼は、ストレートの回転数が2500台に達することで、注目された投手である。確かに、ミットに収まるときにうなりを上げるような、いい回転の球質だった。だから130キロ台でも完封できたのだろう。
でもねえ。これ、諸刃の剣だと思うのだ。実際、2回戦では、東邦に打ち込まれてしまった。こうなったらバテるまで150キロを連発すればいいのに、と見ている側は無責任に思ってしまうが、おそらくそう都合よくはいかない。脱力は、下手をするといざというときに棒球を生んでしまう。
この日は、確か(記憶に頼って書いているのだが)、1回の2番打者にずいぶん粘られた。あそこで勝負がついた気がする。あとは7~8割の力というより、球威不足につながったのではないだろうか。
もう一人、魅力的な投手を見た。津田学園のエース・前佑囲斗である。河野は170センチ台でやや小柄だが、こちらは、雄大な体格の右腕だ。しかも、美しいフォームで、ベース板の上で伸びるような、打者の手元で力のある球質のボールを投げる。
正直言えば、一目見て惚れたのだが、彼もまた、135~138キロくらいのストレートしか投げてくれないのである。きっと、その気になれば、145キロくらい平気で超えられると思うのに(もっとも、試合後の情報では、試合途中で右指がつった、とのことだった)。
むやみにスピードガンと競争することに意味はない。チームを勝たせる投球をするのが、エースの役目である。それはその通りだ。でも、それだけでは、この国に、大谷翔平は出現しなかったことにならないだろうか。
重要なのはキレとコントロール
話は再びプロ野球にもどる。
4月3日、福岡ソフトバンク対オリックス戦。オリックスの先発・山本由伸は、あのソフトバンク打線相手に、9回1安打無失点という快投を見せた。
山本といえば、2017年に大谷と対戦して三振を取り、「今年対戦した投手で一番よかった」と言わしめたことで、有名になった。昨年は中継ぎだったが、今年は先発に再転向したという。
とにかく、ストレートをぐいぐい投げる。そこに脱力という発想はない。腕を振って、150キロのまっすぐで押し続けるのである。もちろん、スライダー、フォークなどの変化球もある。
少しだけ、具体的に書いておこう。
たとえば、5回表、1死無走者。内川聖一を迎えた場面。
①内角高め ストレート 150キロ ストライク
②外角低め ストレート 147キロ ストライク
③インコースのストレート 147キロ 詰まってショートゴロ
厳密にいえば、3球目はやや甘い。しかし、1球目のインハイと2球目のアウトローが、コーナーいっぱいにきっちり決まっているので、さすがの内川も詰まったのだろう。
あるいは、7回表1死無走者。打者・柳田悠岐。
①フォーク 低め ファウル
②カーブ 一塁ゴロ
一つ、補助線的な例を出しておこう。4月4日の広島-中日戦。広島の先発・岡田明丈は、山本よりもすごい剛球を投げていた。ストレートはすべて150キロを超え、時に153~4キロに達する。しかも外角低目いっぱいにぐいっと伸びたりして、ほれぼれする。
しかし、岡田はこの日、6回に2点目を献上したところで降板となった。
これは、岡田が今年、ローテーションで十分回っていけることを証明した好投だったと思う。ではなぜ、6回降板なのか。
岡田は全球、全力投球なのである。それで、100球を超えたあたりで、球威が落ち始める。あるいは、ときにコントロールを乱してピンチを招く。
その点、山本の場合、全球、力の限りの全力投球というのとは、ちょっと違う。もちろん、7~8割の力というのとも違うのだが、下半身主導で、リラックスした状態のフォームから、投げるときに、腕を思い切り鋭く振り抜くのである。
コントロールも安定しているし、ボールに伸びもある。いわば、リラックスの中の全力なのだ。
ソフトバンクの柳田悠岐のコメントが印象的だ。
<球のキレ、コントロールもめっちゃよかった>(「日刊スポーツ」4月4日付け)
この言葉で、あらためてわかる。投手で最も重要なのは、球のキレとコントロールである。
トーナメントで、同じピッチャーが連投して勝ち上がっていく高校野球と、中6日のローテーションで1年間廻っていくプロ野球では、もちろん違う。
ただ、河野にしろ前にしろ、ベース板の近く、すなわち打者の手元で伸びる球質をもっていた。これは、おそらく半分は天性のものである。
すなわち、彼らはこれからの日本球界の金の卵なのだ。
上茶谷のように自然に、山本のように鋭く、腕を振り続けてほしい。
上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。