(写真:鋼の様な体から繰り出されるワイルダーの一発の破壊力は歴史的なレベルだ Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME)

 5月18日からわずか15日の間に、現代ヘビー級を代表する2人の王者がそれぞれニューヨークで防衛戦を行う。今週末にWBC同級王者デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)がドミニク・ブリージール(アメリカ)の挑戦を受ければ、6月1日にはWBA、IBF、WBO王者アンソニー・ジョシュア(イギリス)が聖地マディソン・スクウェア・ガーデンでアンディ・ルイス(アメリカ)と対戦。ヘビー級の戦いはやはり業界の範疇を超えた注目を集めるもので、“世界の首都”と呼ばれる大都市が今後しばらくボクシングの話題で燃えそうだ。

 

 まずは先陣を切って、今週末にワイルダーがブルックリンのリングに立つ。“ブロンズ・ボンバー”の愛称で親しまれる王者は、この試合に先駆け、DAZNから提示された総額1億ドル以上のオファーを拒否したことがニュースになった。全階級を通じて最高のパンチャーが挑むリスキーな賭けは、いったいどんな答えを導き出すのだろうか。

 

 

5月18日 ブルックリン バークレイズ・センター

WBC世界ヘビー級タイトルマッチ

 

王者

デオンテイ・ワイルダー(アメリカ/33歳/40勝(39KO)1分)

vs.

挑戦者

ドミニク・ブリージール(アメリカ/33歳/20勝(18KO)1敗)

 

 

(写真:ワイルダーとブリージールは16日の最終会見でもトラッシュトークを続けた Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME)

 ワイルダーとブリージールの間には因縁がある。2017年2月、アラバマのホテルで家族、取り巻きまで巻き込んだ乱闘騒ぎを起こしたことが派手に報道された。以降、2人はプロモーションの過程で激しい舌戦を展開し、一般の関心を煽ってきたのだった。

 

「ボクシングは相手を殺し、なおかつ報酬ももらえる唯一のスポーツ。その権利を行使しても良いじゃないか」

 ワイルダーはファイトウィーク中にそんな過激なコメントを残し、さすがに行き過ぎだと批判を浴びている。ボクシングでは話題性目的の作られた因縁も多いが、この2人の間の敵対心は本物。陣営まで含めて試合当日まで激しくやり合い、ゴングの瞬間は殺伐とした雰囲気になりそうだ。

 

 もっとも、事前の勝敗予想は一方的にワイルダーに傾いている。サイズに恵まれた元オリンピアンのブリージールだが、16年6月にジョシュアに挑戦した際には7回TKOで完敗。パワーはあっても動きにキレがなく、トップ選手たちに脅威を与えられるレベルの選手ではない。

 

 スキルには疑問符がつくワイルダーでも、鈍重なブリージールを相手に長いラウンドにわたって手こずりはしないだろう。序盤こそ多少攻めあぐねても、中盤ラウンドまでにWBC王者の強打が火を吹くはずだ。

 

 ブルックリンのリングに4度目の登場となるワイルダーは、最後は挑戦者を豪快に沈めて9度目の防衛を果たすのではないか。昨年12月のタイソン・フューリー(イギリス)戦では元統一王者とのビッグファイトでドローに終わったが、今戦はその鬱憤を晴らす舞台となる可能性が高い。

 

 目前の1億ドルを拒否

 

(写真:過激な発言も商品価値アップにつながるか Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME)

 ビジネス面の話もしておくと、この試合決定前、中継局がどこになるかが大きな注目を集めた。これまではプレミアケーブル局のShowtimeと関係が深かったワイルダーに対し、スポーツ動画配信サービスのDAZNは3戦1億ドル、あるいは4戦1億2000万ドルという超大型契約を提示して強奪を図ったのである。 

 

 契約の内訳は、ブリージール戦の報酬が2000万ドル、その後に続くジョシュアとの2戦が4000万ドルずつで、4戦契約の場合にはさらに別の相手との試合で2000万ドルが支払われるというもの。契約期間中に敗れても金額は変わらないという選手有利の中身で、一時はワイルダーのDAZN流失は濃厚と思われた。

 

 しかし――。最終的にワイルダーはDAZNのオファーを蹴り、ブリージール戦はShowtimeが中継すると発表された。

 

 Showtimeの提示した条件は明らかになっていないが、報酬はDAZNのオファーよりもはるかに安価であることは間違いない。それでも33歳の王者は現時点での複数戦の拘束を嫌い、“いずれジョシュア戦が実現する際には4000万ドル以上を稼げるかもしれない”という理由でPBC傘下でのShowtime興行を選んだのだという。

 

「みんな次の試合について心配するが、PBCにも多くの選択肢があるんだ」

 そう語ったワイルダーには、ブリージール戦後、ルイス・オルティス(キューバ)との再戦、人気者のアダム・コウナキ(ポーランド)との対戦が内定しているという。これらのすべてをKOで突破すれば、確かに商品価値は上がるだろう。その後、昨年12月にドラマチックな激闘を繰り広げたフューリー(イギリス)とのリマッチを行えば、ボクシングの範疇を超えた関心を呼ぶはずだ。

 

(写真:ジョシュアとワイルダーの対戦は現在最高級のカードだが、実現はいつになるか)

 これらのライバルをすべて片付けた上で、ついにジョシュアとの最終決戦を組めば、ワイルダーは実際に5000万ドル以上のファイトマネーを手に入れることも可能かもしれない。

 

 ただ、それはすべてがワイルダーの思惑通りに進んだ場合の話である。一発の怖さがあるヘビー級で、技術的な粗さの目立つワイルダーが勝ち続けられる保証はない。例え自身が安泰でも、ジョシュアがどこかで取りこぼすようなことがあれば、4団体統一戦の価値は大幅に減少する。そういった背景から、ワイルダーの“危険すぎるギャンブル”に疑問を呈する声は後を絶たない。

 

 目の前にあった1億ドルに手をつけず、自らの商品価値上昇に賭けたWBC王者の選択はどんな結果を生み出すのか。その勇気が讃えられることになるか。それとも遠からぬうちに後悔することになるのか。

 

 今週末、まずは因縁のブリージール戦から新たなバトルがスタートする。お茶の間の話題になるようなKO劇で魅せて、ワイルダーは幸先良く高評価とテレビ視聴率を稼いでおきたいところ。その一挙一動が未来にもつながっていくだけに、この荒武者からしばらく目が離せそうもない。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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