(写真:ストップ前後、試合終了後のジョシュアの淡白な態度を怪訝に感じたファン、関係者は少なくなかった Photo By Ed Mulholland/Matchroom Boxing USA)

6月1日 ニューヨーク マディソン・スクウェア・ガーデン

WBAスーパー、IBF、WBO世界ヘビー級タイトルマッチ

 

挑戦者

○アンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ/29歳/33勝(22KO)1敗)

7ラウンドTKO

王者
●アンソニー・ジョシュア(イギリス/29歳/22勝(21KO)1敗)

 

 

 ロンドン五輪金メダリストで、プロでも快進撃を続けていたエリート王者が無名の代役挑戦者にKO負け――。あまりにもショッキングだった先週末の一戦以降、アメリカ国内でもこの試合の余韻は後を引いている。

 

 普段はボクシングに見向きもしないような媒体でも新王者ルイスの映像、名前を頻繁に目にし、ソーシャルメディア上でも話題沸騰。紛れもなく歴史的な大番狂わせであり、同時に“やはりヘビー級は特別なのか”と思わされずにはいられない。この衝撃はどうやって引き起こされたのか。そして今後にどんな影響を及ぼしていくのか。驚愕の一戦を改めて振り返り、同時にヘビー級戦線の行方を占っていきたい。

 

 ルイスは単なる“ラッキー王者”ではない

 

 今回の大番狂わせのインパクトは、ルイスが約1カ月前に起用された代役挑戦者だったことから余計に大きくなった感がある。しかも、新王者は腹部のだぶついたユーモラスな風貌。筋骨隆々のジョシュアとの対比もあって、多くのファンに“あり得ない”との感想を抱かせたのだろう。

 

(写真:メキシカンたちを大喜びさせたルイス<前列左>はすでに業界屈指のビッグネームになった Photo By Ed Mulholland/Matchroom Boxing USA)

 29歳のルイスは2016年12月にWBO王座決定戦に出場するも、後にジョシュアとの統一戦に敗れるジョセフ・パーカー(ニュージーランド)に僅差の判定負け。短躯という意味でのサイズ不足に加え、練習嫌いとの定評もあり、特にパーカー戦後は米国内でも有望株と目されてきたわけではなかった。

 

 もっとも、メキシコ系米国人のルイスはアマチュアでも実績があり、才能とセンスは評価されてきた選手ではあった。今戦で初めてその試合を見た人も、ヘビー級らしからぬシャープでスムーズな連打には感心させられたのではないか。3ラウンドに喫したキャリア初のダウンからもすぐ立ち直り、タフネスとメンタルの強さも証明している。 

 

 英国人王者が味わった予想外の敗北という点で、今戦は往年のレノックス・ルイス(イギリス)がオリバー・マッコール、ハシーム・ラクマン(ともにアメリカ)に敗れた大番狂わせと比較されることが多い。ただ、その2戦は偶然性も強いワンパンチKOだったのに対し、この試合の流れはかなり異なる。アンディ・ルイスは捨てパンチも放ちながら自身の得意な距離を作り、インサイドからコンビネーションを出し、戦前のプラン通り、長身の王者を崩していった。

 

 3回に2度のダウンを奪った後、ジョシュアが一時は体勢を立て直しかけた際には、冷静にボディ攻めも敢行。そんな落ち着いた戦略は、6回終盤にジョシュアのガス欠という形で結実する。7回、英国人王者が喫した2度のダウンは、ダメージと疲労の蓄積がゆえだったはずだ。

 

 今後、新王者がどれだけタイトルを守れるかはわからない。6月4日、ジョシュア側のエディ・ハーンプロモーターは再戦オプションを行使することを明言。リマッチは年内にもイギリスで挙行される可能性が高い。気を引き締めたジョシュアが母国でジャブを重視して戦えば、リマッチでのルイスは凡戦の末にかわされてしまう可能性は否定できない。ただ、例えそうだとしても、2019年6月1日にルイスがやったことの価値が変わるわけではない。

 

 ボクシング興行では重要なメキシコ系ということもあって、試合後のルイスは引っ張りだこ。まさに“シンデレラボーイ”だが、“ラッキー王者”などと称されるべきではない。ジョシュアの不出来を指摘する前に、私たちはルイスがマニー・ロブレストレーナーとともに成し遂げた大仕事を素直に称賛すべきだ。

 

  無敗王者の異変

 

 試合後、よもやの初黒星を味わったジョシュアのコンディション不良を疑う声が噴出している。本番8日前にスパーリングでジャーニーマンのジョーイ・デウェーコ(アメリカ)にKOされ、ダメージを危惧したジョシュアの父親は試合延期を望んでいたという話まで出てくる始末。この噂話の真偽は不明だが、ストップされる寸前のまるで勝負を諦めたかのようなボディランゲージを見る限り、王者は心身ともに万全ではなかったのだろう。

 

(写真:ジョシュア対ルイスは2019年最大の番狂わせとして語り継がれていくはずだ Photo By Ed Mulholland/Matchroom Boxing USA)

「AJ(ジョシュアの愛称)は負けて安堵している部分もあるのではないか」

 試合後の会見で、ハーンプロモーターが述べていたそんな言葉も印象深い。英国の希望を背負って戦い続けた英雄が、いつしか莫大なプレッシャーを抱え込んでいたとしても驚くべきではあるまい。

 

 レノックス・ルイス、ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)など、手痛いKO負け後に殿堂入りに値するキャリアを築き上げた王者は近年のヘビー級にも存在する。先輩たち同様の打たれもろさを露呈した感のあるジョシュアも、その後に続けるかどうか。そんな方向に進むために、前述通り、年末にも予定されるリマッチはジョシュアにとって絶対に負けられない大一番になる。

 

 同じ相手に連敗を喫すれば、スターダムへの返り咲きは困難。巨大なスタジアムで挙行されるであろう一戦は、内容よりもとにかく結果が問われる大事なステージになる。このルイスとの再戦から、ジョシュアの今後の可能性がかなりはっきりと見えてくるはずである。

 

 ヘビー級戦線、今後は混沌

 

(写真:ワイルダーとジョシュアの再戦は今後に実現しても”スーパーファイト”とは言い切れない Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME)

 現代のボクシング界において、ジョシュアとWBC王者デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)の4団体統一戦こそが最大のビッグファイトと目されていた。両者が順調に勝ち進めば、ボクシングの範疇を超えたメガイベントは2020年中にも実現していたかもしれない。

 

 しかし、そんなドリームプランはジョシュアの初黒星とともに霧散。ジョシュアがルイスへのリベンジを果たしたとしても、ジョシュア対ワイルダー戦はもはや両者無敗の時期に想定されたほどの話題を呼ぶことはあるまい。そして、これから先の階級全体の展開を予想することも容易ではない。

 

 現状でヘビー級のトップ5は以下か。

 1位 タイソン・フューリー(イギリス)

 2位 デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)

 3位 アンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ)

 4位 アンソニー・ジョシュア(イギリス)

 5位 ルイス・オルティス(キューバ)

 

 ワイルダーは9月にオルティスとのリマッチが内定し、来春にはフューリーとの再戦にも合意したと発表している。ただ、昨年3月に激闘の末に何とか11回KOで下したオルティスは、ワイルダーにとっても依然として侮れない相手。フューリーも年内に2戦はこなしそうだけに、2020年の予定まで先走るべきではないのだろう。

 

 その他、ヘビー級転向が決まったクルーザー級の統一王者オレクサンデル・ウシク(ウクライナ)、ベテランコンテンダーのディリアン・ホワイト(イギリス)、トップランクと契約したばかりのパーカー、IBFの指名挑戦者クブラト・プーレフ(ブルガリア)らまでが戦線に加わり、様々な組み合わせとストーリー展開が考えられる。

 

 ジョシュア対ルイスのビッグ・アップセットを引き金に、ヘビー級混乱に拍車がかかった感は否めない。1年後にはいったいどんな構図になり、誰が頂点に君臨しているのか。先が読みづらく、それゆえに興味深いバトルがもうしばらく続いていきそうだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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