「Sportful Talks」は、ブルータグ株式会社と株式会社スポーツコミュニケーションズとの共同企画です。多方面からゲストを招き、ブルータグの今矢賢一代表取締役社長との語らいを通して、スポーツの新しい可能性、未来を展望します。

 

 今回のゲストはJAAF RunLinkチーフオフィサーで、東京マラソンのレースディレクターを務める早野忠昭氏です。ランニングブームの火付け役となった東京マラソンを手掛けた早野氏が新たに進めるランニングプロジェクトとは――。

 

二宮清純: “東京マラソンの仕掛け人”として知られる早野さんですが、新しく始めた「JAAF RunLink」(RunLink)について、ご紹介ください。

早野忠昭: 現在、ランニング人口は1000万人にも上ると言われています。しかし、日本陸上競技連盟(陸連)はトップアスリートの育成・強化に注力してきたため、全ランナーにまで手が回っていなかったが現状です。だから1000万人とも言われるランナーたちには、困っていることがたくさんありました。どういう練習をすればいいのか、安心安全にしかも楽しく走り続けるにはどうすればいいのか、など。そもそも彼らをサポートする仕組みが陸連にはなかったんです。そこで、陸連は全ての人が陸上競技を楽しめる環境をつくるという「ウェルネス陸上」の実現をミッションに掲げました。2017年のころです。そこで陸連の尾縣貢専務理事と話をしていくうちに、その理念を実現するために新たなプロジェクトを立ち上げることになりました。

 

二宮: それを機に昨年11月にスタートしたのがRunLink?

早野: ええ。いろいろ話しているうちに、尾縣専務理事から「じゃあ早野さんそこのチーフオフィサーやってください」と頼まれて、このRunLinkが走り出したんです。

 

今矢賢一: 具体的にはどのような取り組みになるのでしょうか?

早野: 大きく3つの柱を置いていて、1つは大会の安全・安心な環境作りです。現在、大小合わせて全国各地で開催されている約 2000~3000 にものぼるランニングイベントのうち陸連公認は、たったの200大会なんです。今後、非公認大会を中心に「JAAF RunLink 加盟大会」という形で加盟を募り、運営支援を行っていきます。具体的には「安全・安心」「サービス」「社会貢献」といったそれぞれの評価基準を策定して、安心してランナーが走れるような環境づくりを進めているところです。2つめは、数千万人とも言われるランナーデータを一元化したデータベースを構築し、そのビッグデータを活用していくこと。まずは、マラソン大会の記録の一元管理を目指し、記録に応じておすすめの大会をリコメンドできたり、練習方法等も個々に応じて提案できるよう進めています。3つめは、企業・団体に含めたあらゆるステークスホルダーとの連携をして大きなムーブメントにしていくことです。現在、スポーツ庁、そして経済産業省が後援に、経団連が協力団体として、我々の活動に関わってくださっています。国も巻き込んで大きなムーブメントが創れればと考えています。この3つを軸としてランニング人口の拡大および、ランニング・健康市場の活性化を目指し、最終的には、2040年までにランニング人口2000万人を目指すことを目標にしています。

 

 業界の底上げ

 

今矢: もっと裾野を広げるという目的があるわけですね。

早野: そうですね。その取り組みのひとつとして、RunLinkではスポーツ業界の常識である1業種1社という縛りを設けたスポンサーシップ制度ではなく、趣旨に賛同する企業団体であれば、同業種問わずご参画いただける賛助会員という制度を採用しました。一般的な組織を支援するだけの制度ではない、さきほど申し上げた数千万人とも言われるランナーデータを一元化したビックデータ(JAAF RunLinkプラットフォーム)から得られたマーケティングデータをご活用いただけるほか、誰もが参画できる自由なプラットフォームを提供し、企業・団体それぞれの強みを活かした取り組み、あるいは今まで繋がり得なかった企業・団体・行政をRunLinkを通じてマッチングすることでの新しいランニングの価値や商品・サービスの創出といった、ランニング業界全体の底上げを目的としています。いままでにない新しいパートナーシップの形として再定義した先進的な制度だと自負しています。ご賛同いただく各企業にとってもビジネスチャンスのひとつになるのではと思っています。

 

今矢: RunLinkに似たような事例というのは世界的にないのですか?

早野: チェコはRunCzech(ランチェック)、イギリスはrunbritain(ランブリテン)、アメリカはRunning USAとRunLinkと同じような取り組みをしている団体はあります。しかし、プロモーションを目的としたもの、大会の統括を目的としたものと役割は限定されていて、今RunLinkの取り組みとして考えている事業性も含めた総合的な取り組みは、まだどこも着手していない状況で、世界的にはこういった考え方をもとに統括されているものはないんです。いずれは「WorldRunLink JAPAN」「WorldRunLink USA」みたいに展開していこうと考えています。そういう流れの中で、RunLinkの取り組みは日本発の取り組みとしてグローバルスタンダードを作れる可能性も秘めていると思っています。

 

今矢: 他にはどんな仕組みをお考えですか?

早野: 我々はコーチなどの指導者もRunLinkの傘下でやろうと思っています。今はオリンピックに向かうハイパフォーマンスコーチの養成しかしていない。一般ランナーの多くが求めているものを何かと言うと、安全安心で長く継続して楽しく続けられること。そのためにコーチ制度も作っていこうと思っているんです。実業団の陸上部も縮小や廃部になり、多くのランナーの働き口がなくなっていく。そういう実業団上がりの人たちに、RunLinkで楽しく走る方法を教えられる資格を取って、各方面で活躍いただければと考えています。

 

二宮: セカンドキャリアにも繋がりますね。

早野 そういうことです。RunLinkでランニングコンシェルジェの養成も考えています。今年、東京マラソンはウエスティンホテル&リゾートさんがスポンサーになったので、ランニングコンシェルジェのご提案を全マリオットグループのホテルに送りました。「お客様今日はどこを走りますか?」「僕10kmくらい走りたいんだ」というやり取りの後、コンシェルジェとランナーが一緒に走ってもいいし、「こうするといいですよ」とコースやプランを提案してもいいんです。

 

 無限の可能性

 

二宮: ランニングコンシェルジェは世界的にあるんですかね。

今矢: ボストンマラソンはありましたね。フェアモントのコップレープラザのホテルのランニングコンシェルジェは近くのマップがホテルに置いてありましたね。

早野: ロンドンマラソンはランニングコンシェルジェとしては置いてないんですね。

 

二宮: ランニングコンシェルジェ・システムは世界的にポピュラーというわけではないのですか?

早野: まだまだこれからだと思いますが、マリオットグループが打ち出してきたりと、ポピュラーになりつつあります。これだけ今、ランニングが人気でステータスも得ている。外国人ランナーも日本のホテルに泊まって走る。だからホテルとしてもランニングコンシェルジェと置いているというのはひとつの差別化になってくことだと思います。

 

二宮: RunLinkとはそれら全てのプラットフォームのようなかたちになるわけですね。

早野: そうですね。今、日本で本当にプロのレースディレクターを務めているのは僕しかいない。でも「レースディレクターで将来食べていきたい」という人がいてもいいと思うんです。外国には5、6000万円の給料を稼いでいるレースディレクターもいますから。引き抜きもあったりするような世界です。プロのスポークスマンであったり、マーケティングもでき、選手招聘など大会を動かせるレースディレクターという仕事もRunLinkで養成していけば、地方の大会も東京マラソンのように盛り上げることができるかしれない。プロとまではいかなくても、普段は会社で働いて、副業としてレースディレクターをするという展開も今後はあるかもしれません。

 

二宮: レースディレクターに世界的な資格はあるのでしょうか?

早野: 世界的な資格はありません。イギリス等一部の国が独自に資格を設けている程度です。

 

今矢: 今後はどういう展開にしていきたいとお考えですか?

早野: RunLinkのコンセプトの「Fusion Running(フュージョン・ランニング」は、僕がアシックスに勤めていた時代に市場を広げるために考えていたことです。ランニングが終わった後のお酒や食事が好きであれば、ランニングとフード、ランニングとドリンクと結び付けることができる。それがフュージョン・ランニングなんです。ウェアにこだわる人はランニングとファッション、いろいろな土地に渡って走りたいという人はランニングとトリップ……。ランニングが媒体となり、ミュージックとファッションのフュージョンがあってもいい。それによって新しい価値を生み出せるんです。この仕組みは僕のアシックス時代や、東京マラソンでやってきたことの集大成です。しかしこれを“早野が、陸連がやっているRunLink”ではなく“みんながやっているRunLink”にしたいんです。RunLinkでは本当にいろいろなことができると思います。RunLinkが新たなビジネスモデルとして成功すれば、更なるランナーサービスにも繋がるはずです。ランナーも商品を買いたい人や、商品や企業を宣伝する人も出てくる。ランナーと企業との好循環をうまく回していければと思っています。

 

二宮: その意味では無限の可能性がありますね。

早野: はい。何だってできると思います。僕らみたいにオリンピックに行ったことない、トップアスリートにはなれなかった人間が走る人、これから走りたいと思っている人のことを考えてつくった制度です。ランナーたちと一緒に「うまいビールが飲めたらいいね」ぐらいの感覚です。でもこのRunLinkは国の中心になって動いていくものになり得る。それぐらい大きな可能性を秘めたプロジェクトだと信じています。

 

早野忠昭(はやの・ただあき)プロフィール

1958年、長崎県生まれ。一般財団法人東京マラソン財団事業担当局長・東京マラソンレースディレクター/日本陸上競技連盟 総務企画委員/国際陸上競技連盟 ロードランニングコミッション委員/スポーツ庁 スポーツ審議会 健康スポーツ部会委員/内閣府 保険医療政策市民会議委員 高校時代は800mのインターハイチャンピオン。筑波大を卒業後、教員となり、その後渡米し、スポーツメーカーに勤務。東京マラソンには第1回から関わり、アボット・ワールドマラソンメジャーズ入りに尽力した。

 

(構成・鼎談写真/杉浦泰介)


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