「監督を代えても、サードベースコーチだけは代えるな」

 

 

 メジャーリーグには、そんな格言があるという。巨人などで三塁ベースコーチを務めた鈴木康友から聞いた話だ。

 

「それだけ、大事なポジションということでしょう。(サードで)止めるか、(ホームまで)行かせるか。一瞬の判断でゲームの流れがガラッと変わってしまう。場合によっては、勝敗まで変わってしまうことも。メジャーリーグでも優秀なサードベースコーチは、そう何人もいないのでしょう」

 

 5月26日、東京ドームでの広島戦。元木大介三塁ベースコーチの好判断が巨人を勝利に導いた。

 

 4対4で迎えた8回裏、1死満塁の場面で、重信慎之介が打ち上げた飛球はレフト前方への浅いフライとなった。三塁走者はお世辞にも足が速いとはいえない岡本和真だ。

 

 しかし、元木は躊躇することなく「ゴー!」と叫んだ。センター野間峻祥からの返球はワンバウンドで會澤翼のミットへ。ギリギリのタイミングだったが、送球は三塁側へ。岡本は會澤のタッチをたくみにかわし、本塁に滑り込んだ。

 

 これが決勝点となり、巨人が5対4で逃げ切った。もしこのゲームを落としていたら、対広島6連敗になるところだった。

 

 チームを救った元木は、「センターが落下地点に入ってなくて、動きながらの捕球だった。同点だったし、かけるしかない場面だった」と、してやったりの表情で語った。

 

 実は元木、キャンプが始まる前から、「五分五分のタイミングなら行かせますよ」と語っていた。2016年から日本に導入されたコリジョン・ルールを踏まえてのものだ。

「ホームベース上でキャッチャーがブロックしてくれたり、ボールがそれてくれればラッキーという感覚で勝負します。というのも、ボールがそれたにもかかわらず(キャッチャーの)足だけベースに残っていることはないし、その場合、“追いタッチ”になる。足の方が早く(ベースに)入るのは自明です」

 

 さすが、現役時代、長嶋茂雄監督から“クセ者”と呼ばれた男だけのことはある。

 

 三塁ベースコーチは、いわば10人目のプレーヤーである。好判断には選手と同等のスポットが当たる反面、ミスをすれば、メディアから袋叩きにあう。

 

 壊れた信号機--。多くのコーチが、負のレッテルを貼られ、ポジションを追われていった。逆に言えば、“クセ者”と呼ばれるような男じゃないと務まらないポジションなのかもしれない。

 

<この原稿は2019年7月5日号『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>

 


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