(写真:先月開催されたスウェーデンのレースで優勝、好調の平井選手)

 いよいよ1年後に迫った東京オリンピック。チケット販売も始まり、一般的にもかなりリアルになってきたのではないだろうか。僕は様々な立場で関わることになるが、個人的にも地元に世界最高のスポーツの祭典が来ることにワクワクを隠せない。

 

 そんな中で注目している選手が3人いる。トライアスロンの高橋侑子、ホッケーの及川栞、水泳の平井康翔だ。それぞれ、まったく別の競技、別のバックグラウンドを持っているが、共通するのは来年期待の選手であり、ここにくるまで大きな挫折を経験しているということ。だからこそ、今の活躍があると思うし、伝わってくるメッセージがある。

 

 トライアスロンの高橋は、東京都出身の27歳。ジュニア時代から恵まれた体格と非凡な運動能力で期待されてきた選手だ。普段会うとおっとりした感じで、気迫をまったく感じさせないが、ひとたび競技となると、そのパフォーマンスは手が付けられない。めきめきと実力を伸ばし、リオデジャネイロオリンピックの最終選考まで残った。周囲の関係者も含め誰もが信じていた代表入り。しかし、リオ行きの切符は最後の選考会議で、その手からこぼれ落ちていった。周りもどのように声をかけていいのか分からない状態。本人はあまり語らないが、そのショックたるもの想像を絶するものであっただろう。

 

 もしかしたら、このまま競技を離れてしまうのではと危惧していたのだが……。彼女はそこから立ち上がった、翌年、大学卒業後には海外チーム入りを決意。海外のトップ選手とともに、トレーニングを積み、シリーズを転戦する道を選んだ。海外に拠点を置き、たった一人きりで世界を転戦する日々。その困難に積極的に挑んでいった彼女は、生活順応も競技面においても格段にレベルを上げていった。今では世界の中で気負わず、対等に戦える数少ない選手となっている。

 

 ホッケーの及川は、岩手県出身の30歳。ソニー所属の実業団時代から日本を代表する選手で、リオオリンピックの直前まで代表チームのリーダーでもあった。しかし、リオの代表選手の中に彼女の名前はなかった。すべてを賭けていた目標が直前で消えてしまったのは高橋に通じるものがある。

 

 TV中継も見られないくらい失意のどん底にあった彼女もそのままでは終わらなかった。ホッケー界で最高のリーグと言われるオランダに渡りプロ選手として活動する道を選んだのだ。そして3シーズンを経て、世界で認められた彼女が再び日本のチームに戻ってきた。自身初のオリンピックで彼女がどんなプレーを見せてくれるのか楽しみだ。

 

 それぞれのドラマ

 

 水泳の平井は千葉県出身の29歳。日本ではまだ日の当たらないオープンウォータースイミング(OWS)の「マラソンスイミング」という種目のスペシャリストだ。オリンピックはロンドン大会、リオ大会と出場し、リオでは金メダルと4.8秒差の8位だった。10km泳いで最後まで先頭集団で戦ったのは日本人としてもちろん初めて。年齢的にも東京大会でメダルが狙える選手と大いに期待を集めていた。そうそうたる海外スタッフを集め、海外を転戦するスタイル。過去の日本選手にはない活動形態で活躍していたが、陰には並々ならぬ自身へのプレッシャーがあったのだろう。

 

 その結果、昨年夏、オーバーワークで「副腎疲労症候群」と診断され、3カ月も泳げない日々。日本選手権を欠場。その時期の彼の悲痛なコメントが忘れられない。体重は10kg以上も増え(現在はベスト体重の79kg)、すっかり水泳への情熱を失いかけたかに見えた。だが、コーチやトレーナー、メンター、練習環境をすべて一新し、彼は戻ってきた。今年の2月から拠点をOWSがメジャーなヨーロッパに移し、ドイツ、オランダ、オーストリアのナショナルチームに1人混じり、共に生活し、トレーニングをしている。

 

「あの3カ月間、僕はどうなりたいのか、何をするべきなのかを考え尽くしました。失敗しちゃいけない。常に100点を取り続けなきゃいけないって自分を追い込みすぎてしまっていたんです。そこから自分を見失い、競技に対する情熱すら持てない状況まで落ちました。その時、今まで出会った海外の選手、コーチが『俺たちと一緒にまた頑張ろう。ヤスなら必ず東京でメダルを取れる』と連絡をくれたんです。連絡をもらった時はめちゃくちゃ嬉しかったです。すごく泣きましたよ。どうなるかわからないけれど、もう1度だけ彼らと頑張ってみようと思えたんです。当時のボロボロの自分を受け入れてくれて、仲間のおかげで以前の自分よりもタフなメンタルと身体のスペックを手に入れました。

 

 だから今の僕は2年前の僕より強いです。今は英語はもちろん、ドイツ語、オランダ語も話せるようになってきました。今はもうヨーロッパでの生活の方が心地が良いです。なんていうか個を認めてくれるんですよね。みんな違っていいと。すごく競技に集中できます。同じ志と情熱を持っていれば、国が違っても受け入れられ、共存できる。9月22日の日本選手権はドイツからコーチ、スウェーデンからトレーナーが来て一緒に戦います。自分はこういうグローバルなスタイルが一番合っていて力が出せると確信しました。自分の競技以外の能力も世界で通用することを感じますし、自分はどの国に行っても活躍できる自信がありますよ」

 

 そう笑って話すが、笑顔の奥にはどん底まで落ちたからこそある強さが宿る。「心技体とは言いますが、なぜ最初に『心』がくるのがようやく分かりました。選手は心が最も大切なんですね」。穏やかに話す口調には照れも迷いもない。それを見ていると、彼ならやれると確信できる。

 

 選手は皆、人生を賭けて努力している。その中でほんの一部の人だけが夢の切符を勝ち取れる。その過程ではドラマにもできない残酷なことも多々あるが、ドラマにも出てこない素晴らしい人間がいる。勝負はあっという間だが、そこまでのドラマを噛みしめながら、戦いに挑む選手たちに心からエールを送りたい。

 

 2020東京オリンピックは、来年7月24日開幕です。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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