フリマアプリ大手のメルカリが鹿島を買収したと。そのこと自体に驚きはないが、全株式の62%をたった16億円で取得できてしまったことには驚いた。

 

 いまから14年前、米国人の実業家がマンチェスターUを買収する際に要した額が7億9000万ポンド(当時のレートで約1470億円)だった。4年前、タイの実業家がACミランの株式48%を取得しようとした時には5億ユーロ(同650億円)が必要とされた。

 

 にもかかわらず、日本でもっとも多くのタイトルを獲得してきた名門中の名門の株式62%につけられた額が、たったの16億円だったのである。

 

 もちろん、欧州のビッグクラブとJの名門を同じ物差しで比較するのにはいささかの無理がある。同じ欧州でも、欧州CLの常連とそうでないクラブとでは、資産価値でケタが1つ、あるいは2つ違ってくることも珍しくない。世界中が注目するイベントに常時参加できるか否かは大きな意味をもっている。

 

 ただ、純粋に戦力だけに目を向けてみると、鹿島の、いや、Jリーグのチームの異様なまでの価値の安さも見えてくる。

 

 まだ世界的なスターこそ生まれていないものの、いまや欧州のリーグでプレーする日本人選手は少しも珍しい存在ではなくなった。そして、鹿島はJリーグの中でももっとも多くの選手を海外に送り出しているクラブであり、それはつまり、彼らの育成システムが卓越していることの証でもある。

 

 しかも、今年はついに、名門中の名門、ビッグクラブ中のビッグクラブであるバルセロナにも選手を“輸出”した。そんなチームがたったの16億円! サッカークラブを投資の対象と考える人たちにとって、公開前のヤフー株に見えても不思議ではない。

 

 その出自から、成長の過程に至るまで、Jリーグがまずお手本としてきたのはブンデスリーガだった。そして、そのお手本はいまも、プレミアやセリエのやり方には背を向け、チームが投資の対象となることを拒み続けている。

 

 そう考えると、メルカリが鹿島を買収したことと、これをJリーグが認めたことは、日本サッカー史における極めて大きなターニングポイントとして記憶されることになるだろう。ファンの間からは不安の声も上がっているようだが、チェルシーにしろマンチェスターCにしろ、買収によって現場が手にしたメリットは、いくつかはあったであろうデメリットを打ち消して余りある。わたしは、今回の案件を了承したJリーグの決断を高く評価したい。

 

 Jリーグが発足したころ、ガンバのスターの収入を聞き、阪神の選手が羨ましがっていた、という話を聞いたことがある。いまは、阪神の育成選手にも収入でかなわないJリーガーがいる。サッカーのレベルはともかくとして、無名選手にとってのJリーグは、恐ろしくブラックな職場だった。

 

 今回、メルカリが買収したのは鹿島という名門だったが、今後は、J2やJ3を買収しようという動きが出てくることも期待したい。大きな可能性を持つ、しかし資金難に苦しむチームは、いまの日本において珍しい存在ではないからである。

 

<この原稿は19年8月1日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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