(写真:ようやく開催日時、場所が決定したWBSSバンタム級決勝 ⓒWorld Boxing Super Series)

「ドネアは、自分が高校生の頃から憧れていた選手。しっかりとした形、KOで勝って引導を渡したい。日本のファンの前でやれることも大きなモチベーションになります」(井上尚弥)

「私とナオヤ・イノウエの間には言葉にできない尊敬の念が存在する。彼は間違いなく強い選手だ。しかし、私は彼の弱点を、5月・グラスゴーでの試合で、すでに見抜いている」(ノニト・ドネア)

 

 WBSSバンタム級トーナメント決勝戦の日時と場所が、ようやく発表された。

 11月7日、さいたまスーパーアリーナ。

 

 日時の決定に至る過程でドネア陣営は、かなり苛立っていた。

 ドネアが米国ルイジアナ州でWBSS準決勝を闘った(ステフォン・ヤングに6ラウンドKO勝ち)のは4月27日(現地時間)。それから3カ月以上もの間、決勝の日時がWBSSから伝えられなかったからだ。

 

 2012年から昨年4月まで、スーパーバンタム級、あるいはフェザー級を主戦場としていたドネアにとって、バンタム級で闘うコンディションを作ることは容易ではない。調整スケジュールが立てられないとの理由から、WBSSトーナメント撤退をにおわせたこともあった。

 

 だが、正式発表がなされたことで、決勝のカードが流れることはなくなった。良かったと思う。

 

 さて、この世紀の一戦の勝敗予想だが、やはり「井上尚弥優位」との声が圧倒的に大きいようだ。

 

 闘いを重ねるごとに、その強さでファンを魅了する尚弥は、いまがピーク時、あるいはピークに向かっているもっとも良い時期だろう。“怪物”の異名そのままに、KO連勝街道を驀進している。

 

 対するドネアは、世界5階級制覇王者。輝かしい戦績を誇るレジェンドだ。

 だが、36歳となった現在、すでに全盛期は過ぎている。一昨年、昨年には敗北も喫しており、「フィリピンの閃光」にも引退の時が近づきつつある。

 

 イージーな試合ではない

 

(写真:5月に井上が勝った試合後、ドネアはリングに上がり見つめ合った ⓒWorld Boxing Super Series)

 この勢いの差を考えれば、「井上尚弥優位」の予想は妥当だろう。また、日本開催に決まったことも、尚弥にとって有利な条件となる。

 

 だが、ドネアは言った。

「私はナオヤ・イノウエの弱点を見抜いた」と。

 もちろん闘いの前に、その弱点について具体的に話しているわけではないが、これは単なる強がりでもないだろう。

 

 想像するに、ドネアは、こう考えているのではないか。

(距離さえ支配されなければ、瞬時の打ち合いに持ち込める。距離を支配する力は自分の方が上だ)と。

 

 5月18日(現地時間)、英国グラスゴーでのエマヌエル・ロドリゲス戦で尚弥は、2ラウンドに左強打を顎にクリーンヒットさせダウンを奪い、その後、一気に勝負を決めた。しかし、1ラウンドは互角の展開だった。海外での闘いだったこともあり、尚弥の動きが硬かったとの見方もあるが、それだけが互角の展開になった理由ではない。ロドリゲスが尚弥に距離の支配を許さなかったからだ。尚弥がかける圧力(プレッシャー)に対し、バックステップを踏まずにロドリゲスは前へ出て距離を潰していたのである。

 

 ドネアも同じ闘い方をするつもりだろう。そして距離を支配させずに、早いラウンドで先に得意の左を当てる作戦ではないか。

 

 尚弥が、これまでに闘ってきたジェイミー・マクドネル、ファン・カルロス・パヤノ、ロドリゲス以上にドネアの打撃は強い。全盛期を過ぎ、総合的な力は落ちているとはいえ、瞬時に放つレフトフックの切れ味は健在だ。そのことは、昨年11月のライアン・バーネット戦でのTKO勝利で証明されている。

 

 井上尚弥の優位は変わらない。

 いずれが勝者になろうとも、早いラウンドでの決着も必至と見る。

 そして、ドネア戦は尚弥にとって、周囲の予想ほどイージーな試合ではない。

 

近藤隆夫(こんどう・たかお)

1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)。

連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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