広島・緒方孝市監督が緩慢なプレーをした野間峻祥に複数回ビンタを見舞い、球団から厳重注意を受けた一件は大きな話題を呼んだ。

 

 

 何人かのOBと話をしたが「暴力はいかん」という者はひとりもいなかった。

「あの程度のことで厳重注意されたら、監督やコーチのなり手なんて、ひとりもいなくなるよ」

 

「そもそも緩慢プレーをした方が問題じゃろう。なんで緒方が選手たちに謝らんといかんのか、ワシにはわからん」

 

「ビンタ? その程度で暴力というのかね。他のスポーツも含め、最近は周囲がヒステリックになり過ぎているんじゃないの」

 

 概ね、こんな調子である。

 

 長い間プロ野球を取材しているが、アマ・プロを通じて指導者や先輩から一度も“愛のムチ”を振るわれたことがない、という選手はごくごく限られている。

 

「殴られるのは監督から期待されている証拠。殴られなくなったら終わり」

 

 平然と、こう話す者すらいる。

 かつては“鉄拳制裁”が代名詞だった監督もいた。2018年に他界した星野仙一が代表格だ。

 

 以下は中日時代の“教え子”山本昌から聞いた話。

「星野さんには、よく叱られました。もう時効だから話しますが、僕は最高で一度に18発殴られたことがある。まわりにいた人間が一発一発、数えていたというんです。

 

 この日はキャッチャーの中村武志も一緒に殴られました。武ちゃんは3発くらい殴られて、もうヘロヘロ。僕は殴られながらも、どんどん前に出ていくものだから、その様子を見ていた武ちゃんは“山本さん、死んでしまう”と思ったそうです」

 

 これだけなら、ただの“暴力監督”だが、次のエピソードを聞くと救われる。

「これだけ“愛のムチ”を受けたにもかかわらず、星野さんに対して感謝の思いしかないのは、打たれても次、また必ず使ってくれたからです。だから不思議なことに、殴られるとホッとしたものです。“これで二軍に落とされずにすむ”と……」

 

 別に正義漢ぶるわけではないが、いかなる理由があれ、暴力は許されない。昔はよかったから今もいい、とはならない。

 

 全力疾走を怠った野間の怠慢ぶりは責められてしかるべきだが、いくら期待の裏返しとはいえ、怒りに任せてのビンタは双方に感情的なしこりを残す。つまり、殴った方も殴られる方も得をしないのだ。もうそろそろ“愛のムチ”は死語にしなければならない。

 

<この原稿は2019年8月23・30日号『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>

 


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