(写真:ニューヨークでの会見場、両雄の表情は穏やかだった)

12月7日 サウジアラビア ディルイーヤ

WBAスーパー、IBF、WBO世界ヘビー級タイトルマッチ

 

王者

アンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ/30歳/33勝(22KO)1敗)

vs.

前王者

アンソニー・ジョシュア(イギリス/29歳/22勝(21KO)1敗)

 

 

 2019年の世界ボクシング界で最大と言えるファイトが、まさか本当にサウジアラビアで行われるとは誰も思わなかったのではないか。

 

 その“まさか”が現実となり、ルイスとジョシュアは12月に中東で雌雄を決することが決定した。現在は会見ツアーの真っ最中。2人は9月5日、ニューヨークのリトルイタリーで多くのメディアたちに対応した。

 

 6月1日に衝撃的な大番狂わせでルイスが王座に就いてから、約半年後のリマッチとなる。開催地の選定が最大の話題になっている感もあるが、ジョシュアにとってはスーパースターの地位を保つために必勝が求められる一戦。勝てばスター街道に復帰できるが、負ければ商品価値の大暴落は必至という意味で、キャリア最大のファイトと呼んでも大げさではないはずだ。

 

「再戦ではあまり複雑に考えすぎず、シンプルなスタイルで臨むつもりだ。デビューから22試合、私のそのやり方は功を奏してきたのだから。ただ、戦いに臨む際には幾つかのツールが必要で、前回は使わなかったツールに磨きをかけていくつもりだよ」

 

(写真:エディ・ハーンプロモーター<壇上>が巨額オファーゆえにサウジアラビアを開催地に選んだことは多くの関係者を驚かせた)

 ニューヨークでのそんな言葉から、再戦でのジョシュアはより慎重な戦いを心がけるのだろうと見る関係者は少なくない。身長ではルイスを大きく上回る英国人だが、米国デビュー戦でもあった第1戦ではアピールを焦るあまり、打ち気にはやりすぎた感は否めなかった。後がない状況で迎える今戦、ルイスのハンドスピードを避けるためにもアウトボクシングするのが得策。ジョシュアがリーチを生かして戦えば、2000年11月にレノックス・ルイス(イギリス)がデビッド・トゥア(サモア)相手に防衛したときのような内容の判定勝ちは十分に可能だろう。その場合はエキサイティングな試合にならないかもしれないが、今戦でのジョシュアはとにかく勝つことが最優先である。

 

 ただ、ルイスのトレーナーを務めるマニー・ロブレスのこんな言葉もやはり軽視するべきではあるまい。

「ジョシュアにはルイスのようなファイターとの対戦経験はなかった。ルイスはフリオ・セサール・チャベス、エリック・モラレス、マルコ・アントニオ・バレラのような偉大なメキシカンファイターとよく似たスタイルを持っている。プレッシャーをかけるのが上手く、ボディ打ちが得意。そういった選手はヘビー級にはルイス以外は存在しないんだ」

 

 気になるコンディション

 

(写真:6月に大番狂わせの主役になったことで、ルイスは今では業界のビッグネームになった Photo By Ed Mulholland/Matchroom Boxing USA)

 第1戦ではルイスがジョシュアにダメージを与えた第3ラウンドの左フック、決着をつけた第7ラウンドのラッシュが特筆されたが、4~6ラウンドに丹念にボディを狙っていたことも忘れるべきではない。その地道な作戦は、6~7ラウンドにジョシュアのガス欠という形で結実する。

 

 シンデレラボーイとなったルイスは、再戦でも基本的に似たような流れでの勝利を狙うのではないか。だとすれば、左を軸にサークルしようとするジョシュア、再び懐に入ろうとするルイスという構図が容易に見えてくる。ミドルレンジでの撃ち合いも多かった初戦と比べて、リマッチでは距離の取り合いがポイントとなる可能性は高い。

 

 そこで注目されるのが、新王者ルイスがいったいどんなコンディションで12月の再戦に臨んでくるのかという点だ。腹部のだぶついたユーモラスな風貌の無名ファイターは、6月のビッグアップセットのおかげでボクシングの範疇を超えた注目度を得るに至った。今回も約1000万ドルのファイトマネーが保証されるなど(ジョシュアはその3~4倍)、史上初のメキシコ系ヘビー級王者の人生は永遠に変わったと言って良い。

 

 少々気になるのが、戴冠後のルイスは派手な散財が話題になっていることだ。400万ドルとされる前戦の報酬で両親に家を買い、さらにロールスロイスも購入した。9月1日に30歳の誕生日を迎えた際には盛大なパーティを開催し、なんと女体盛りの映像を自らソーシャルメディアに投稿するなど、かなり派手に祝った様子がうかがえた。もともと謙虚なルイスがこういった破天荒な姿をみせれば、今後が不安に感じる人が出てくるのは当然。1990年2月にマイク・タイソン(アメリカ)に初黒星をつけながら、環境の変化に対応できず、初防衛戦で惨敗したジェームズ・“バスター”・ダグラス(アメリカ)のようになってしまうのではないか……。

 

(写真:ルイスとロブレストレーナー<右>の絆は深い Photo By Ed Mulholland/Matchroom Boxing USA)

「数百万ドルを得た人間には、新しい家を買う権利があると思わないか? それともこれまでと同じ家に住み、同じ車に乗るべきなのか? 世界ヘビー級王者になればお金が入ってくるのは当然。大事なのは自分自身を見失わないこと。彼は確かにこれまでよりお金を遣っているとは思うが、根本の部分は変わっていない。謙虚な人間のままだよ」

 ルイスを誰よりもよく知るロブレスはそう語り、新王者のキャラクター面の変化を否定していた。実際にニューヨークでの会見での姿を見ても、ルイスはこれまで通りの親しみ易さを感じさせた。もっとも、サイズ自体はやはり一回り大きく見えたのは事実。そして、これも噂になっていた通りだが、本人よりも周囲の人間のガードが必要以上に固くなっており、セレブ然とした取り巻きに一抹の不安を覚えたことは付け加えておきたい。

 

 ともあれ、今ではデオンテイ・ワイルダー(アメリカ)、タイソン・フューリー(イギリス)、ジョシュアと並び、現代ヘビー級4強の1人に数えられるようになったルイスの一挙一動には今後も熱い視線が注がれ続ける。12月7日が迫るにつれて、この試合はアメリカ国内でも大きな話題になるだろう。

 

 リマッチの結果は今後のボクシングビジネスにも大きな影響をもたらすだけに、余計に目が離せない。様々なストーリーが織り成されているがゆえに、久々に戦前から世界的な話題を呼びそうな世界ヘビー級タイトル戦のゴングまで、あと約3カ月———。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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