(写真:並んだ際にも友好的な笑顔を浮かべていたカネロ<左>とコバレフ Tom Hogan-Hoganphotos/ Golden Boy)

11月2日 ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ

WBO世界ライトヘビー級タイトルマッチ

 

王者

セルゲイ・コバレフ(ロシア/36歳/34勝(29KO)3敗1分)

vs.

挑戦者/WBC世界スーパーミドル級&WBAスーパー、WBC世界ミドル級王者

サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ/29歳/52勝(35KO)1敗2分)

 

 両想いの恋人同士

 

 9月18日、ロサンジェルスで行われたキックオフ会見の際、主役の2人はどちらも笑顔でいっぱいだった。米国内ではDAZNで生中継されたイベントで、カネロとコバレフはまるで“両想いの恋人”にでも会ったかのように和やかに見えた。

 

 昨秋、本格的なアメリカ進出を開始したDAZNと10戦3億5000万ドルの新契約を結んだカネロは、かなり早い段階からコバレフの名を希望の対戦相手候補として挙げていた。今回の相手にはゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)、セルゲイ・デレビャンチェンコ(ウクライナ)の名前も挙がったが、カネロ本人の“本命”は常にコバレフ。長くライトヘビー級で戦い続けてきたパンチャーは危険な相手に思えるが、現在のカネロとその陣営はこのマッチアップには莫大な自信を持っているようである。

 

 一方、36歳とキャリア終盤にいるコバレフにとっても、これまでの約10倍のファイトマネーが望めるメキシカンアイドルとの対戦は願ったり適ったり。案の定、この試合では総額1200万ドルのパッケージ(プロモーター、マネージャーの費用なども含む)が保証されたとのこと。諸経費を差し引いても、コバレフは自己最高の1000万ドル近い報酬を手に入れることになる。

 

(写真:身長差をコバレフ<右>がどういかすかもポイントになる Tom Hogan-Hoganphotos/ Golden Boy)

 もともとこの試合は9月に成立の可能性もあったが、コバレフは8月24日に母国ロシアでアンソニー・ヤード(イギリス)との指名戦が内定していたことがネックになった。コバレフはヤード戦のキャンセルを考慮してでも早期のカネロ戦に色気を見せたというが、最終的には母国での防衛戦を挙行。その過程で凱旋イベント開催に固執するロシア関係者(マフィア絡み?)が強硬に難色を示したという物騒な噂も流れるなど、様々な形で物議を醸した。

 

 しかし、結局、コバレフは大きなケガを負うことなくヤードを11回KOで下し、障害はなくなった。ここでついにカネロ戦にゴーサインが出る。

 

 カネロは“希望のカードで4階級制覇挑戦”、コバレフは“追い求めていたビッグマネーファイトの機会”と、2人は望んでいたものを手にできる。だとすれば、晴れのキックオフ会見で両者が笑顔を抑えきれなかったのも無理もない。両雄は互いへのリスペクトも強調しており、本番直前までこの和やかな雰囲気が続きそうな予感が漂っている。

 

 勝負の行方は

 

 本番まで1カ月半の現時点で、アメリカでの予想は少々意外にも一方的にカネロ優位に傾いている。結果予想の的中率が高いフィラデルフィア在住のトレーナー、スティーブン・エドワーズ氏も、今回は“カネロ勝利”と断言。賭け率もカネロに傾いており、この傾向は当日まで変わらなそうだ。

 

 一般的にカネロ有利説の決め手として考えられているのは、コバレフはボディの打たれ強さに不安があること。アンドレ・ウォード(アメリカ)との再戦でのコバレフはボディを打たれた後に失速し、ヤード戦でも動きが止まるシーンがあった。カネロはボディ打ちの巧さでは現役屈指だけに、この点が決め手になるという見方は理解出来る。カネロ側がこのマッチアップを好んだ根拠も、そこにあるのではないだろうか。

 

 それに加え、全盛期には“クラッシャー”の異名を欲しいままにしたロシア人には近年確実に衰えが見える。元来酒好きのコバレフは長年の不摂生が祟ったか、スタミナ不足も顕著。勝負が後半にもつれこんだ場合、年齢的に今がピークのカネロが有利になる可能性は確かに高いのだろう。

 

 ただ守備の良いカネロも、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)の左には散々苦しめられたことを忘れるべきではない。だとすれば、コバレフの強靭なジャブも脅威になり得る。また、ミドル級以上に上げて以降、カネロは強豪相手にはすべて判定勝負で、トップファイターに深刻なダメージを与えた経験はないことも留意しておくべきではある。

 

 これまで以上にサイズ面で不利があるライトヘビー級で、カネロはコバレフの長い左をかいくぐれるのか? 距離を詰めてパンチを当てたとして、より大柄な相手に致命的なダメージを与えられるのか?

 

(写真:左からカネロ、ライアン・ガルシア(GBPのトッププロスペクト)、オスカー・デラホーヤ、コバレフ。デラホーヤ率いるGBPにとっても極めて重要な一戦だ Tom Hogan-Hoganphotos/ Golden Boy)

 コバレフのパワーは健在だけに、焦って飛び込んだ際に打ち下ろしの右を浴びてダメージを受ける危険は否定できない。最近のアメリカでは階級飛び越えの不利が軽視される傾向にあるが、未体験ゾーンに飛び込むカネロにとっても、今戦が極めてリスキーなファイトであることは間違いないのだろう。

 

 さらにその先も見据えて

 

 ビッグファイト路線の鍵を握るカネロは、この試合に勝っても、負けても、来年には再びミドル級に戻ることが期待されている。DAZNはカネロ以外にもゴロフキン、デメトリアス・アンドレイド(アメリカ)といったミドル級の強豪を抱えており、当面は彼らのマッチメイクが懸案。少々気が早いが、中量級では依然として最大のファイトといえるゴロフキンとのラバーマッチが実現するかどうかが2020年前半の焦点となるのだろう。

 

 もともとカネロ対ゴロフキンの第3戦は、今年9月に挙行が基本線だった。それがカネロ自身の拒否によって、あえなく消滅してしまった。

 

 カネロは忌み嫌うゴロフキンの顔などもう見たくもないだろうが、そもそもDAZNはこのラバーマッチを組む目的でゴロフキンに総額1億ドル以上の契約を与えたという経緯がある。カネロを抱えるゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)も、因縁の第3戦挙行を約束することでDAZNから巨額を引き出したという背景がある。それらの流れを考えれば、コバレフ戦後、DAZNとGBPは全力でカネロ対ゴロフキン3の成立を目指してくるはずだ。

 

 そこで気になるのは、キャッチウェイトではなく175パウンドのライトヘビー級リミットで行われるコバレフ戦で、カネロがいったいどんな身体で出てくるかという点だ。ライトヘビー級での戦いのために完全に身体を仕上げてしまえば、160パウンドのミドル級まで短期間で再び落としてくるのは至難。そういった先々のことまで視野に入れ、少々軽めのウェイトで4階級制覇に挑むのか。実際のファイトを前に、今戦では前日計量でのカネロの身体つき、ウェイトにも大きな注目が集まりそうだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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