(写真:MSG開催の一戦は観客を沸かせる打撃戦が濃厚だ Photo By Amanda Westcott / DAZN)

10月5日

ニューヨーク マディソン・スクウェア・ガーデン

IBF世界ミドル級王者決定戦

 

ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/37歳/39勝(35KO)1敗1分)

vs.

セルゲイ・デレビャンチェンコ(ウクライナ/33歳/13勝(10KO)1敗)

 

 

 ゴロフキンの“リトマス紙”

 

 昨年9月、サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)に惜敗したゴロフキンに王座奪還の機会が巡ってきた。カネロが剥奪されたIBFタイトルをかけ、同じ旧ソ連系の実力者デレビャンチェンコと対戦が決定。マディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)の大アリーナを使用する一戦は、いつの間にか37歳になったゴロフキンの現在地を測る一戦となりそうだ。

 

 キャラクター、スタイル的には地味なデレビャンチェンコだが、ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)と互角に戦った実力を持つ。今戦でのデレビャンチェンコは自己最高の500万ドル以上の報酬を保証され、モチベーションは高いに違いない。昨年、ゴロフキンはIBF王座を剥奪されるのを覚悟でこのウクライナ人との戦いを回避した経緯もあり、相手の力量は熟知しているに違いない。

 

(写真:デレビャンチェンコにとって人生最大のビッグファイトといって過言ではない Photo By Amanda Westcott / DAZN)

 完調に近い状態であれば、プロでの実績で大きく上回る通称“GGG”が一枚上というのがメディア、関係者のほぼ共通した見方ではある。ゴロフキンはジョナサン・バンクス・トレーナーと組んで2戦目だけに、その点での上積みも期待できる。小型ミドル級のデレビャンチェンコにはパワー面の怖さはなく、タイプ的にやりづらくはないはずである。

 

 ただ、どんな強豪にも年齢による衰えはいつか必ず忍び寄る。6月のスティーブ・ロールズ(カナダ)戦でのゴロフキンは被弾が多く、下半身に安定感がなかったようにも感じられた。それでも格下のロールズはパワーで撃退できたが、一段上の力を持つデレビャンチェンコは簡単にはいくまい。逆に言えば、390勝20敗という豊富なアマキャリアを誇る後輩を相手に力の差を誇示できれば、“ゴロフキン健在”をアピールすることにもなるのだろう。

 

「ゴロフキンが衰えているとは思っていない。そう考えて準備する」

 そう意気込むデレビャンチェンコを、元統一王者は誰もが納得する形で凌駕できるか。今週末の一戦は、ゴロフキンの現在の力を測るリトマス紙的なファイト。その結果は、ここでかけられるIBFタイトルよりもさらに大きな形で今後に影響してくる可能性が高い。

 

 カネロとの因縁の行方

 

 ゴロフキンの今年2戦目は、当初はカネロとのラバーマッチになることがゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)、DAZNとの間で約束されていた。しかし、当のカネロ自身が拒否したため、消滅したという経緯がある。

 

 一時はESPNとの契約が内定していたゴロフキンが最終的にDAZNを選んだのは、端的にいって、カネロともう一度戦うため。自身だけでなく、放送局、両サイドのプロモーターが揃って希望する一戦を拒んだメキシカンアイドルに対し、ゴロフキンは当然のように怒り心頭だ。

 

(写真:いまだトップレベルの力を保つ元王者だが、その表情には加齢の影響も垣間見えるようになっている Photo By Amanda Westcott / DAZN)

「カネロのことばかり聞いてくるあなたたちジャーナリストの方がどうかしている。もっと興味深い質問をしたらどうですか?」

 10月2日の会見時、“カネロとの因縁にうんざりしているか”という質問に鋭い口調でそう返すシーンもあった。以前のゴロフキンは何を聞かれても愛想よく返していたが、こんなやりとりはイメージチェンジの試みとともに、フラストレーションを感じている証拠でもあるのだろう。

 

 ともあれ、カネロとゴロフキンの“雇い主”であるはずのDAZNは依然としてカネロ対ゴロフキンの第3戦を熱望している。加入者を急増させるきっかけが欲しいスポーツ動画配信サービスにとって、そうなり得るのはアンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ)対アンソニー・ジョシュア(イギリス)の世界ヘビー級タイトル戦と、このミドル級ライバル対決以外にないからだ。

 

 カネロに与えた11戦3億6500万ドル契約にゴロフキン戦の条項を組み入れなかったのはDAZNのミスだったが、それでもゴロフキンがデレビャンチェンコに勝った場合、局側は再びこの黄金カード実現に全力を傾けてくるに違いない。11月2日のカネロ対セルゲイ・コバレフ(ロシア)戦が終了後、スター選手と雇い主の興味深いパワーゲームがスタートする。コバレフ戦で2階級上げるカネロのウェイトの問題、ゴロフキン側の意思も絡み、その行方は極めて読み難い。

 

 現状で1つだけはっきりしているのは、デレビャンチェンコ戦を好内容でクリアすれば、ゴロフキンの行方にさらなるビッグファイト路線が開けてくるということ。相手がカネロになるか、他の選手になるかはわからないが、今週末にまずは自分の仕事を分かり易い形で果たしておきたいところだ。

 

 村田戦の可能性は

 

 日本のファンにとって気になるのは、しばらく噂に上がってきた村田諒太とゴロフキンの激突が実現するかどうかだろう。1年前にラスベガスでロブ・ブラント(アメリカ)に敗れた村田だったが、7月の再戦で圧勝してトップ戦線に再浮上を果たしている。

 

「非常に興味があります。村田は五輪王者であり、プロの世界王者でもある。そして、私が契約するDAZNは日本でも急成長しているのですから」

 10月2日の会見の際、村田戦のリアリティについて筆者が尋ねると、GGGからそんな答えが返ってきた。もちろん選手はこういう質問に「No」とはまず言わないもので、日本メディアから聞かれたのであればなおさら。ただ、その後のこんな言葉を聞けば、誰もが可能性を感じるのではないか。

 

(写真:英国の雄、ハーン・プロモーターはゴロフキンの今後のキャリアの鍵を握る1人 Photo By Amanda Westcott / DAZN)

「日本でも戦いますよ。エディ(・ハーン・プロモーター)はルイス対ジョシュアの再戦をサウジアラビアで挙行します。そんな動きもボクシングの方向性を示している。条件次第ですが、私も日本に行っても構いません」

 ゴロフキンは今回の試合からハーンと提携することを発表し、そのハーンは実際によりワールドワイドな展開を画策している。そして、日本における村田の商品価値については説明するまでもあるまい。シンプルに、カネロ戦以外でゴロフキンが最も稼げるのは、日本に行って村田と世界タイトル戦を行うことなのである。だとすれば――。

 

 もちろんDAZNにとって、おそらくゴロフキンにとっても(本人は違うと言うかもしれないが)、まずはカネロとの第3戦交渉が最優先。しかし、この話し合いが再び流れた場合、ゴロフキン対村田戦の機運が一気に高まっても驚くべきではない。すべての後で、日本ボクシング史上空前の一戦は依然として手がとどくところにあるのだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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