日本がタジキスタンの奮闘に手を焼く数時間前、平壌では椿事が起きていた。

 

 金日成スタジアムで行われた北朝鮮対韓国が、無観客で行われたのである。

 

 FIFAによる制裁の一環として無観客試合が行われることならば稀にある。観客の後押しがなくなることは、ホーム側にとって大きな痛手であり、これはFIFAが科する最大級のペナルティーと言っていい。

 

 ところが、今回の無観客試合に関して、一番驚いたのはFIFAではなかったか。なにしろ、北朝鮮は自ら観客を閉め出し、ホームの利点を捨て去ったのだ。英国BBCは「世界でもっとも奇妙なダービー」と報じたが、「世界」を「歴史上」に置き換えてもいい。観客ゼロ、韓国からの報道陣ゼロ、ついでに生中継もなし。もう二度とこんな椿事は起こらないだろうし、起こした国を許してもいけない。

 

 椿事、とまではいかないものの、その5日前、埼玉スタジアムで起きた現象も興味深いものだった。モンゴル戦を見るためにスタジアムに足を運んだ観客の数が、定員より2万人ほど少なかったのだ。かれこれ20年以上、日本代表のW杯予選が常に満員の中で行われていたことを考えると、無視はできない現象だった。

 

 台風19号の影響や、モンゴルに日本を脅かす力があるとは思えなかったことなど、不入りの原因はいくつかある。サッカー人気に翳りが出てきたのでは、と心配する人もいるかもしれない。

 

 ただ、個人的には今回の不入りはポジティブに考えてもいいのでは、という気がしている。不入りの原因に、ラグビーW杯の盛り上がりが関係しているのであれば。

 

 モンゴル戦に足を運んだ4万人あまりの方、あるいは今週末のJリーグ観戦を考えていらっしゃる方は、ある意味、サッカーの“岩盤支持層”だといえる。ある程度の観戦歴があり、サッカー界の事情にも詳しい。

 

 だが、いつもは来ていたのに今回の試合は来なかった2万人は違う。彼らはいわゆる“ライト”な層なのだ。メディアがW杯予選を取り上げ、盛り上がっているようだから行ってみる。だが、今回は話題がラグビーW杯に集中、アジア予選の取り上げられる頻度が激減した。結果、スタジアムには空席が目立った――そんなことではないだろうか。

 

 サッカーとラグビーを行き来するコアなファンは少ないだろうが、ライトな層は違う。サッカーが盛り上がればサッカー、ラグビーが盛り上がればラグビー。ということは、今後、世界でベスト8に進出し、結果だけでなく内容でも世界を驚かせたラグビーの基準を、サッカー観戦に持ち込む層が現れる。

 

 これは、嬉しい。

 

 なぜ日本の柔道は強いのか。発祥の地であると同時に、多くの日本人が、無責任なまでに世界一を要求するからだとわたしは思う。

 

 日本ラグビーの躍進と、それを目撃した日本人は、日本のサッカー選手が「W杯優勝を狙う」と公言しても、聞く耳を持たずに否定したりはしなくなる。

 

 本田圭佑が嘲笑されない時代が、やってくるのだ。

 

<この原稿は19年10月17日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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