第435回 カネロのボディブローか、コバレフのジャブか ~WBO世界ライトヘビー級タイトルマッチ最終展望~

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(写真:カネロ、コバレフの間に敵対心はなく、試合前のプロモーションは総じて和やかだった Photo By Amanda Westcott / DAZN)

11月2日                                                        

ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ

WBO世界ライトヘビー級タイトルタイトルマッチ

 

王者

セルゲイ・コバレフ(ロシア/36歳/33勝(28KO)3敗1分)

vs.

挑戦者/WBA、WBC世界ミドル級王者

サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ/29歳/52勝(35KO)1敗2分)

 

 

 カネロ有利の下馬評

 

 本番が近づいても、アメリカ国内でのこの試合の見方はカネロ有利に一方的に傾いている。主要媒体の予想でも、ESPN.comは13人中11人、リング誌電子版は20人中18人がカネロ勝利。KO決着と見る人も多く、ワンサイドの流れになると考える関係者も少なからず存在する。2階級上げて臨む冒険マッチにも関わらず、下馬評がこれほどカネロに傾いている理由は2つだ。

 

・カネロが今まさに全盛期を迎え、なおかつボディ攻撃が得意なこと

・コバレフには衰えが見え、ボディが弱いこと

 

(写真:自信たっぷりのカネロ。この一戦を熱望した根拠は試合内容から明らかになるのか Photo By Amanda Westcott / DAZN)

 最近の米ボクシング界では体格差が軽視されることが多く、今回の前評判にも同じ風潮が感じられる。年齢、近況に差があるとはいえ、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)のジャブを盛んに浴びたカネロが、より長く、より強烈なのであろうコバレフの左をかいくぐれるのかはわからない。ミドル級でも“ハードパンチャー”とは言えなかったメキシカンが、キャリアを通じてライトヘビー級で戦ってきたコバレフに本当にダメージを与えられるのかも微妙。その2つが完全に未知数であることを考えれば、ここまで予想が挑戦者に一方的になるのは少々意外ではある。

 

 ただ、36歳になったコバレフのスタミナ不足は事実であり、中盤以降にカネロが何らかのヤマを作る可能性は高い。ポイントとなるのは、その時点までにコバレフが貯金を作っておけるのか。そしてこちらもスタミナ豊富とは言い切れないカネロが、好機を迎えた際に詰め切れるのか。

 

 北米では群を抜いた興行価値を誇るカネロに判定で勝つには、「8ラウンド以上を“明白に”奪う必要がある」というのは業界の定説。そんな事情を考慮に入れても、実際にカネロに4階級制覇の大きなチャンスがあるのは事実なのだろう。

 

 両者のタイプ的に、ラウンドごとの優劣をつけるのは比較的容易な展開になることが有力。前半はコバレフ、中盤以降はカネロが制していく流れが想像できる。その上で終盤に何らかのドラマがあり、最終的には判定を巡って再び紛糾する結果になることも十分にあり得そうだ。

 

 筆者の最終予想:カネロの論議を呼ぶ判定勝利

 

 DAZNにとっても重要な一戦

 

(写真:DAZNの重役ジョー・マーコウスキー氏もカネロの勝利を熱望していることは間違いない Photo By Amanda Westcott / DAZN)

 今秋、スポーツ動画配信サービスのDAZNは“Fight Season”と銘打ち、ほとんど毎週のように好カードを提供している。そのクオリティの高さは見事としか言いようがない。局側もこの季節には力を入れているようで、大々的なプロモーションが展開されているのをSNS上などで見たファンは日本にも多いだろう。

 

10月5日 ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)vs.セルゲイ・デレビャンチェンコ(ロシア) ゴロフキンの判定勝ち

10月12日 オレクサンダー・ウシク(ウクライナ)vs.チャズ・ウィザースプーン(アメリカ) ウシクの7回TKO勝ち

10月26日 レジス・プログレイス(アメリカ)vs.ジョシュ・テイラー(イギリス) テイラーの判定勝ち

11月2日 セルゲイ・コバレフ(ロシア)vs.サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)

11月7日 井上尚弥(大橋)vs.ノニト・ドネア(フィリピン)

11月9日 KSI(イギリス)vs.ローガン・ポール(アメリカ)

12月7日 アンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ)vs.アンソニー・ジョシュア(イギリス)

 

 ここまでに挙行された3試合ではすべてDAZNと関係の深い選手が勝ち、ゴロフキン、テイラーの試合は好内容にもなった。まずは順調なスタート。このまま続けば、DAZNはボクシング・ステーションとしての名声を確立していくことも可能だろう。

 

(写真:サイズでは明らかにコバレフが上回り、ジャブをどれだけ使えるかが鍵になる Photo By Amanda Westcott / DAZN)

 ただ、実はこのシリーズはDAZNにとって非常にリスキーなものでもある。

 前述通り、上質なマッチメイクばかりだが、DAZNのビジネスに大きな影響を及ぼすのは端的にいってコバレフ対カネロ、KSI対ポール、ルイス対ジョシュア再戦の3試合。プログレイス対テイラー、井上対ドネアのようなファイトに歓喜するようなボクシングファンは、すでに加入者になっている。一般的なスポーツファンをも惹きつけ、加入者増加を促進するには、この業界の範疇を超えた規模の興行を成功させる必要がある。

 

 人気ユーチューバー対決のインパクトは莫大だが、KSI対ポールはあくまでワンオフのイベントに過ぎない。DAZNの命運を左右するのは、やはりカネロ、ジョシュアという2大クライアントの今後だろう。そして、この2人は次戦で敗れてもまったく不思議のない危険なファイトに臨むことになる。

 

 DAZNにとって最大の広告塔は、ヘビー級のジョシュア。12月、サウジアラビアで開催されるルイスとの再戦は、文字通りジョシュアのキャリアを左右する超大一番となる。DAZNからすでに11戦3億6500万ドル契約を与えられているカネロの重要度も、それに勝るとも劣らない。

 

 2階級上のコバレフに負けてもカネロの商品価値は死にはしないが、少なからずスケールダウンするのは明白。DAZNとしては、ここで何とかメキシカンスターに勝ってもらい、さらに評価と商品価値を上げ、来年以降のビッグファイト路線に繋げていくのが理想の流れといえる。そんなシナリオは現実のものとなるかどうか。このレベルの大興行には様々な思惑が絡むものだが、今回の冒険マッチは特にそれが顕著な一戦だと言って良いだろう。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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