2008年のプロ野球は20日、パ・リーグが一足先に開幕する。昨年、球団創設3年目にして初の4位に浮上した東北楽天。契約最終年を迎える野村克也監督は今季を「集大成の年」と位置づけ、クライマックスシリーズ進出を目標に掲げる。プロでの監督生活も23年目、6月には73歳になる球界一の知将は、シーズンに向けてどんな策略を練っているのか。オープン戦の合間を縫って、二宮清純が直撃した。
二宮: 今年は監督の口から「優勝」という言葉が飛び出しました。就任3年目でかなりチームに手ごたえを感じていらっしゃるのでは?
野村: 手ごたえも自信も根拠も何もないですよ(笑)。ただ、キャンプ前に仙台駅前で毎年恒例の壮行会をやったんですが、これまで「優勝」なんて一言も口にしたことがないのに、なぜか無意識にポンと出ちゃった。自分でも「まいったなぁ」と思いましたよ(笑)。
 池山(隆寛打撃コーチ)が「監督とは長いこと付き合っているけど、優勝なんて言葉、初めて聞いた」と言っていたらしい。何か自分の中で心境の変化があったのかな。やはり長いこと監督をやってきて、今年で終わりという思いが頭の片隅にあるのかもしれない。有終の美を飾りたいという意識が「優勝」の二文字に表れたんでしょう。

二宮: 今、“終わり”とおっしゃいましたが、今シーズンで契約は最終年です。どんな結果になろうとも、そろそろ長い監督生活にピリオドを打つ時期が来ているということですか?
野村: 私の理想を言わせてもらえば、優勝で胴上げしてもらって、降ろしてもらった時にご臨終。これが一番なんですけど、現実はそういうわけにはいかないでしょうね……。

二宮: 監督が就任して1年目が最下位、2年目は4位。戦力も整ってきて、今年は誰もがクライマックスシリーズ進出を期待していると思います。
野村: クライマックスシリーズがあるのは僕たち弱者にとって救いですよ。3位以内になんとか入れば、日本シリーズに出るチャンスが出てくる。昨シーズンを終えた時点で3位はなんとか狙えるチームになったなという感じは受けているんです。というのも、昨年は期待していた岩隈久志と一場靖弘が1年間フルにいなかったのに4位になった。だから、彼らがシーズン通して投げてくれれば単純計算でAクラスには入れると。

二宮: その肝心の岩隈と一場が、なかなか出てこないですね。
野村: 岩隈はサッパリ。一場は何なんですかね(苦笑)。いい球を持っているんだけどなぁ。エイ、気合だ、といって投げている。やっぱり最終的には頭なのかなぁ。
 まず感性がない。感性と頭脳はつながっているんですよ。彼に「感覚という字、知ってるか? 書いてみい」と言ったんです。それで「ひとつずつ字を読んでみい」と。「“感じを覚える”と書くだろう。それが大切なんだよ」。そんな話をしているんですが……。

二宮: 新戦力では北京五輪予選の日本代表にも選ばれたサウスポーの長谷部康平(愛工大)を獲得しました。ただ、残念ながらオープン戦で半月板を痛めてしまって開幕は絶望です。
野村: 長谷部は使えるメドが立っただけに、ちょっと痛い。ピッチャーがいない中、マー君(田中将大)は今年も大丈夫。そして長谷部も使えるとなれば、若い2人で頑張ってチームを引っ張ってくれると思っていた矢先だっただけにね。

二宮: やはり田中が今年も楽天の大黒柱を支えることになるのでしょうか。
野村: あの子は、ご両親やこれまで育ってきた環境が素晴らしかったんでしょう。18、19歳の子とは思えません。言動をみてもしっかりしている。間違いなく、この1、2年で楽天のエースと呼ばれるピッチャーになりますよ。

二宮: 打つほうでは昨年は、山崎武司が43本塁打、108打点で2冠を獲る大活躍でした。今年は相手投手のマークもきつくなるでしょうね。
野村: 山崎には大変失礼だけど、昨年は出来すぎですよ。僕も去年並みの成績は期待していません。打率が2割7、8分、本塁打は25本打ってくれれば充分です。問題は彼とともに中軸を打つフェルナンデス。ドミニカ人独特の陽気なところはあるんですが、もうちょっと真面目に取り組んでもらわないと。
 
二宮: 山崎に昨年、話を聞いたら、「監督はたとえ見逃し三振をしても根拠があるものには怒らない」と。それで気分的に楽に打席に入れるようになったと話していました。
野村: 彼は三振王で、不器用なタイプですからね。僕も似たようなところがあったから、彼の気持ちはよくわかります。性格的には親分肌で若いチームには貴重な存在です。練習中でもたるんでいる選手がいると「こら、何やそれ!」と叱ってくれる。
 山崎はある意味、天才ですよ。「今まで考えて野球をしたことがなかった」と言っていましたからね。「人間には思考と感情の二大要素がある。考えないで野球をやるなんて、もったいなくないか」と話をしたことがあります。「オマエほどのパワーがあって、考えて野球やっていたら、王貞治の868本よりホームランが打てた」とも。彼が変わったのはそれからですよ。
 今年で40歳になりますが、まだまだ衰えていません。なぜなら打球が若い。僕も経験がありますが、通常、年をとってくると、いい当たりを放っても最後に失速する。下半身が衰えて、最後の一押しがきかなくなるんです。でも、山崎の打球はまだスタンドにガツーンと突き刺さっています。特に本拠地のクリネックススタジアム宮城は右打者には不利な球場なんです。常にレフトからライトに風が吹いていて、レフトポール際から左中間の打球は伸びない。そういう条件の中で、よく本塁打王を獲りましたよ。

二宮: 山崎、フェルナンデスのクリーンアップ勢が互いに結果を残せば、マークも分散しますし、相手にとって息の抜けない打線になります。
野村: あと、大廣翔治という4年目の内野手。彼はぜひ、どこかで使ってやりたい。長身でパンチ力のあるバッターです。当たれば飛ぶ。練習も一生懸命やっています。フェルナンデスがもたもたしているようなら、代わりに大廣を、とも考えています。

二宮: クライマックスシリーズ進出にあたって、やはり昨年Aクラスの北海道日本ハム、千葉ロッテ、福岡ソフトバンクを倒さなくてはいけません。監督の中で何か秘策はありますか。
野村: いやいや、相手をライバル視する段階ではありませんよ。敵は我に有り。自分の足元を見つめて戦っていくしかない。まずはウチの選手のコンディションをどう万全にもってくるか、そしてミーティングや試合の中でいかに具体的に、かつ明確な指示を選手たちに与えていくか。さらには適材適所で誰を起用するか。それしかありません。

二宮: 最後にズバリ、今年のテーマは?
野村: 考えて野球せぃ! わかりやすいでしょう。今年のチームスローガンを決めるにあたって、40個くらい案があったんです。ところが、どれも英語や横文字ばっかり。「横文字は勘弁してよ。オレらしいのにしてよ。いっつも言っている“頭を使え”とか“考えて野球せぃ”でいいんじゃないか」と話をしたら、そのまま採用された。
 何のために野球は1球1球、間が空いているのか。それは頭を使うためです。僕の野球の基本原則とも言える、この言葉を噛み締めながら、監督としての集大成をお見せしたいなと思っています。


<講談社『月刊現代』6月号(5月1日発売)内の二宮清純の連載にて野村監督のインタビュー記事を掲載予定です。そちらもぜひご覧ください!>