プロ野球が開幕して約半月が過ぎた。メジャーリーグでの松坂大輔ら日本人選手の活躍で影が薄くなったと言われるプロ野球だが、新しいスターが芽を出しつつある。果たして日本プロ野球に救世主は現れるのか? 開幕前に『月刊現代』誌上で野球評論家の松本匡史氏、西本聖氏と当HP編集長・二宮清純が鼎談を行った。その中から今シーズンの注目選手を探ってみたい。
(写真:07年のプロ野球を熱く語る松本氏(右)と西本氏)
<進化したマー君>[/color]

二宮: 今年最大の注目選手といえば、やはりマー君こと東北楽天のゴールデンルーキー田中将大投手。開幕前から評判がいいですね。
西本: フォームがよくなりました。昨年夏、彼が投げている姿を甲子園で見た時、このままでは厳しいだろうと思いました。フォームがバラバラでしたから。
 ところが甲子園の初戦と2戦目ではフォームが全く違っていたんです。誰も指摘しませんが、いいフォームになっていた。それでキャンプで会った時、この点を聞いたんです。彼は「監督とコーチとビデオを見てフォームを変えました」と言いました。あっ、この子は普通の子とは違うなと。修正能力があるんですね。

二宮: 具体的にどの部分がどう変わったのでしょう?
西本: 悪い時は軸がブレていた。コマを考えてください。軸がブレると倒れるでしょう。あれと一緒なんです。肩が早く開くためスライダーが全てワンバウンドになっていました。
 ところが今年の彼は全く違う。昨年の夏、悪い時は振りかぶった後、左手のグラブを前に出して、それから右手を引いていた。つまり腕が遠回りしていたんです。だが今はグラブが真っすぐ下に降りている。これで軸足でしっかり立てるようになった。コントロールが安定しているのはそのせいです。

松本: 気になる点があるとしたら、まだ投げる時、体が左に流れますね。そうなると腕が(体から)離れ、リリースが早くなってくる。その結果、ボールが高めに浮いてしまうんですね。ここを矯正できるかどうか……。
二宮: 元投手コーチから見て、マー君のすぐれている点は?
西本: 腕の使い方と手首の(ボールを離す瞬間の)切り方。これは素晴らしい。とりわけ手首の切れは松坂クラスですね。だからあれだけの曲がりの鋭いスライダーが投げられる。

<大嶺は藤川球児になれる!?>[/color]

二宮: 他に注目しておきたいルーキー投手はいますか?
西本: 千葉ロッテの高卒ルーキー大嶺祐太ですね。将来性という点では田中以上だと思います。田中は上から投げ下ろしてくるタイプですが、大嶺のボールは打者の手許でグーンと伸びてくる。球速以上の威力があります。2月の練習試合で田中と対戦しましたが、大嶺のほうが速く感じました。言うならばクルーンと藤川球児の違いですよ。球速だけみればクルーンは160キロで藤川は150キロ。でも、藤川のほうがボールが浮き上がって速く感じる。
 大嶺のよい点は長身なのに右ひざが落ちてきて、重心が安定しているところ。だから右腕のしなりがいいんです。いずれ藤川なみのストレートが放れるようになると思いますね。

<リードが大きくなった青木>[/color]

二宮: 野手で楽しみな選手は誰でしょう?
松本: 僕が期待するのは東京ヤクルトのトップバッター青木宣親。彼の向上心は若手にいい影響を与えると思います。昨年以上の成績を残すでしょう。

西本: その青木ですが、僕は以前、彼にこう言ったことがあります。「なぜリードする際、右足を人工芝にかけないの?」って。要するに帰塁することを中心に考えていてリードが小さい。これではバッテリーにプレッシャーを与えることができません。
松本: ランナー心理としては牽制でアウトになりたくないんですよ。あれ程みじめなことはない。だからどうしても帰塁のことを先に考えてしまう。その意味で青木はまだ、どこまでリードを広げたらいいのか、その判断ができていなかったんでしょうね。逆に言えば、そのコツを掴めば、もっと盗塁数を増やすことができる。

二宮: 松本さんのセ・リーグのシーズン盗塁記録(76個)は未だに破られていません。足のスペシャリストが考える盗塁で一番大事なポイントは?
松本: 思い切りです。スタートを切らないことには始まらない。結果はセカンドで出るんですから。僕のときは割と自由に走らせてもらいました。「いつでも好きなときに走りなさい」というサインがベンチから出ていましたね。
 その点、阪神の赤星憲広にはちょっと物足りなさを感じています。僕の記録を抜くのは赤星しかいないと期待しているんです。彼は走力、スタート、スライディング、何をとっても申し分ない。にもかかわらず今ひとつピリッとしないのは思い切りの悪さに原因があります。

二宮: 青木や赤星を生かすには後ろを打つ2番バッターの役割が重要になってきます。松本さんの現役時代の2番は最初が河埜和正さん、途中からは篠塚和典さんでしたね。
松本: 河埜さんは典型的な2番バッターでしたね。自分を殺して、僕が出塁したら2ストライクまで(走るのを)待ってくれました。篠塚は走るのを待たずに打っていましたけどね(笑)。
西本: 投手の立場から言わせてもらうと、ポイントは要するに観察力だと思うんですよ。投手のクセを盗めるかどうか。たとえば、ホームに投げる場合は左足が上がる前に右足がピクッと動くとかね。それがわかればスタートを早く切ることができる。帰塁だって投手のクセがわかっていれば難しいことではない。僕はそう思いますけどね。

<この鼎談は『月刊現代』2007年5月号に掲載された内容を加筆し、再構成したものです>


松本 匡史(まつもと ただし) プロフィール
 1954年8月8日、兵庫県出身。報徳学園高を経て早稲田大時代は57盗塁をマークし、当時の東京六大学記録を樹立する。77年、ドラフト5位で巨人に入団。入団当初は右打であったがスイッチヒッターに転向。俊足の外野手として巨人のリードオフマンの役割を担った。82年、83年に3年連続で盗塁王を獲得。83年に記録した年間76盗塁は現在もリーグ記録として残る。青色の手袋をしていたことから、「青い稲妻」の異名をとった。87年に引退後は巨人の二軍監督やコーチ、スカウトを歴任し、06年は野村克也監督の下、東北楽天のヘッドコーチを務めた。現在は野球解説者。現役通算打率.278、29本塁打、195打点、342盗塁。

西本 聖(にしもと たかし) プロフィール
 1956年6月27日、愛媛県出身。松山商から75年、ドラフト外で巨人に入団。江川卓と巨人の先発2本柱として活躍。81年には沢村賞を獲得した。88年に中日へ移籍。89年には20勝を挙げ最多勝、カムバック賞、ゴールデングラブ賞を獲得。90年にはドラフト外入団史上初の150勝を達成した。92年にオリックスへ移籍。そして94年には長嶋監督の下でのプレーを希望して再び巨人へ。1軍のマウンドには立てなかったが、そのひたむきな姿は多くの人に感銘を与えた。同年に引退。03年は阪神の1軍投手コーチを務め、見事セ・リーグ優勝に導いた。現役通算165勝128敗17セーブ 防御率3.20。現在は野球解説者。