4日、サントリーサンゴリアスに所属するラグビー日本代表(ジャパン)のSH流大が都内のクラブハウスで共同インタビューに応じた。流はW杯日本大会で全5試合にスタメン出場し、史上初のベスト8入りに貢献した。今大会を「幸せな時間だった」と振り返り、次への目標を語った。

 

 流は熊本県の荒尾高校入学時に「日本代表に入る」との目標を立てていた。すると2009年夏、高校2年時に日本開催が決まった。「この舞台で活躍することが、頭から離れたことはなかった」。念願叶った流は初のW杯出場をこう振り返る。

「幸せな時間だったな、と。この大会が決まった時から、自分が出場し、日本代表が勝つことを目標にしてきました。夢の舞台を過ごせたことは幸せでしたし、掲げたベスト8という目標を達成できたことを誇りに思います。日本の皆さんが力をくれた。日本中がONE TEAMになってW杯を迎えられたことが何よりも良かったです」

 

 田中史朗、茂野海人とのポジション争いを勝ち取り、全試合で背番号9を与えられた。SHとしてチームをうまくコントロールできたという自負もある。

「アタックの部分は引っ張れたと思います。テンポ良くボールを動かせた。日本代表はポゼッションを重視する試合と、キックを多く使う試合がありました。周りを動かし、プランを遂行することができた」

 大舞台でも冷静にいられたことは、これまで歩んできた道のりの積み重ねである。

 

 高校、大学、サントリーでもキャプテンを務めた流は、そのリーダーシップを高く評価されている。ジャパンでもリーダーグループの一員として活躍した。

「自分を冷静に保ち、余裕を持ってチームを見られるようになった。初めてのW杯でしたし、プレッシャーもあり、緊張もしました。サンウルブズ、サントリー、遡れば帝京大学でも高校でもキャプテンを経験してきましたし、このチームでもほとんどの期間をリーダーとして過ごしてきた。チームがどういう状況であるかを冷静に判断し、必要なことを皆に要求して言葉でも伝えられるようになったと思います」

 リーダーとして、ひと回りもふた回りも大きくなった。大会期間中も率先して声を張り、チームを鼓舞してきた。

 

 W杯での気付き、学びを次に生かしていくつもりだ。今大会でコナー・マレー(アイルランド)、グレイグ・レイドロー(スコットランド)、ファフ・デクラーク(南アフリカ)というワールドクラスのSHと対戦した。

「レイドローはレフェリーとコミュニケーションを取ることで、ジャッジにいいプレッシャーを掛けていました。チームメイトにもよく声を掛け、うまくまとめてていたので素晴らしい選手だと改めて思いました。デクラークの場合はディフェンスのところで、嫌なプレーをしてくる。ずっと視界に入ってきて、僕らの判断を慌てさせてようとしてきました。プレーの精度を落とさせることでチームのパフォーマンスをちょっとずつ下げ、試合に影響を与える。そういうところを見習わなければいけないと思いました」

 

 SHはFWとBKの“リンクマン”であると同時に相手のアタックのリズムを分断する存在にもならないといけない。流は今後レフェリーや外国人選手とのコミュニケーション能力向上のために英語力アップを図るという。課題であるディフェンスも改善したいと考えている。

 

 次回のW杯は4年後のフランス大会。現在27歳の流も、当然照準を当てている。「舞い上がることなく謙虚な姿勢でいたい。ラグビー選手としてはもちろん、ひとりの人間として成長していきたいです」。上昇志向は彼の強みでもある。「今大会以上の成績を」。次なる目標は更に高くなったが、視線は真っすぐ先を捉えていた。

 

流大(ながれ・ゆたか)プロフィール>

1992年9月4日、福岡県生まれ。小学3年でラグビーを始め、荒尾高校時には花園にも出場した。帝京大学では2年時から主力としてプレー。4年時には主将になり、大学選手権6連覇に貢献した。15年サントリーに入社。2年目の16-17シーズン、キャプテンに抜擢され、トップリーグと日本選手権の2冠達成に貢献した。トップリーグのベスト15にも輝いた。日本代表では17年4月のアジアチャンピオンシップで初キャップ。19年のW杯日本大会では5試合に出場し、史上初のベスト8入りに貢献した。通算24キャップ。身長166cm、体重71kg。

 

(文・写真/杉浦泰介)