阪神、ニューヨック・メッツ、サンフランシスコ・ジャイアンツ、北海道日本ハムで活躍した新庄剛志が13日、自身のSNSで「きょうからトレーニングを始めて、もう一回プロ野球選手になろうと思います」と現役復帰の意向を表明した。2006年にユニフォームを脱いだ47歳の新たな挑戦が始まる。ここで新庄の才能について、考察した18年前の原稿を今一度、読み返そう。

 

 <この原稿は2001年4月25日号『Tarzan』(マガジンハウス)に掲載されたものです>

 

「才能」の正体とは、いったい何だろう? 今回は人類最大の難問について、皆さんと一緒に考えてみたい。

 

 その前に、この原稿をメジャーリーグ開幕前に書いていることをお断りしておきたい。

 

 ニューヨーク・メッツのルーキー・新庄剛志の打率が、ついに4割を超えた。プレシーズンゲームでのフロリダ・マーリンズ戦(3月26日)でホームランを含む2本のヒットをマークし、何と打率4割2分2厘にまで引き上げたのだ。

 

 いくらプレシーズンゲームとはいえ、この打率は出来過ぎである。ナショナル・リーグにおいてはサンディエゴ・パドレスのライアン・クレスコに次いで2位の成績。この成績が評価され、プレシーズンゲームにおけるチームの新人王にも選出された。

 

 チームの主砲であるマイク・ピアザがこんな新庄評を口にしている。

「新庄はバットが振れているし、いい感じになってきた。こっちの野球にも馴染んできたようだ。彼はフィールディングもいいし、バッティングもこのままいけばチームにすごく貢献するんじゃないかな」

 

 もちろん公式戦になればピッチャーの攻め方はガラリと変わってくる。その意味で彼のシーズンでの成否を占うのはまだ早いのだが、それにしてもこれまでの4割を超えるハイアベレージをどう解釈すれがいいのか。

 

 加えて彼にはMLBでも水準以上の足と守備力がある。年俸わずか20万ドル(約2460万円)の選手が、かりに100試合以上の出場を果たせば、もうそれだけで大成功だ。レギュラーの座でも奪えば、まぎれもなく彼はアメリカン・ドリームの実現者である。

 

 宇宙人――新庄には、そんなニックネームもある。ありていに言えば、何を考えているのか、よくわからないということだ。

 

 昨秋、FA宣言した新庄に、阪神球団は5年契約12年億円というビッグコントラクトを提示した。普通、これだけの札束を積まれれば、少々の不満はあっても、再契約の道を選ぶだろう。金銭的な評価は、すなわち自らの価値に他ならないのだから。

 

 ところが新庄は、年俸20万ドルながらも、メジャーリーグでプレーしたいという素朴な夢を優先させた。初志貫徹というわけだ。

 

「3年前からメジャーというレベルの高いところでやりたいという気持ちが強かった。FAをとって夢に挑戦したいと思いました。レギュラーになることもまた夢。夢に向かって頑張りたい」

 

 メッツとの仮契約の席上、新庄は目を輝かせてそう語った。

 そして、続けた。

 

「この誘いを待って、待って待っていたんです」

 片想いの恋が、やっと実ったということか……。

 

 敬遠のボールを強引に三遊間へ、「宇宙人」ならではのサヨナラ劇

 

 私は新庄が「宇宙人」として認知された日のことを、今でもはっきり覚えている。

 

 99年6月12日、阪神-巨人戦。

 4対4でもつれこんだ延長12回裏一死一、三塁の場面で新庄は打席に立った。

 

 巨人バッテリーは当然のごとく敬遠による満塁策を選択した。

 

 カウント0-1。続く2球目、クローザー槙原寛己の投じた外角ストレートはウエストボールと呼ぶにはあまりにも甘いボールだった。とはいえ、見逃せばはっきりとしたボール球である。

 

 いつものように左足を高々と上げた新庄は、ホームベースに足がかかるくらいに強く踏み込んだ。

 

 次の瞬間、目の前に映し出された光景は信じられないものだった。

 

 なんと快音を発した打球は、鋭い球足となって三遊間へ飛んだのである。

 

 これまで数え切れないくらいさよならゲームを見てきたが、こんな劇的なシーンは記憶にない。

 

 地鳴りの甲子園。

 嵐のような六甲颪。

 

 お立ち台に立った新庄は少年のように目をキラキラさせながら、しかし、とんでもないことを言ってのけた。

 

「ショートがセカンドについていたんで、転がしたらいけると思っていました」

 

 いつもは苦虫を噛み潰したような表情をしている野村克也監督も、この時ばかりは珍しく会心の笑みをのぞかせた。

 

「届いたら打っていいかっていうから、いけいけって言うたんや」

 

 一見、偶然のように見える“悪球打ち”だが、実は伏線があった。3日前の広島戦で敬遠された新庄は柏原打撃コーチに「敬遠のボールは打ってもいいんですか?」と訊ねていたのである。

 

「オレは敬遠のボールをホームランにしたこともあるぞ」

 

 柏原コーチがそう答えると、新庄はニコッと笑い、こんなセリフを口にした。

「へぇー、じゃあ僕もやってみようかなァ……」

 

 無邪気というか純粋というか……。

 しかし、ここが新庄の最大の魅力である。

 

 よくよく考えれば、敬遠のボール球に手を出してはいけないというルールはどこにも存在しない。

 

 新庄は野球界に古くからある“慣習”を疑い、本能に対し正直に行動したに過ぎない。打たれた直後、「あれはないよ」という顔をした槙原だったが、「敬遠のボール球はどこに投げても打たれっこない」と決めてかかっていた、その固定観念こそ責められてしかるべきものだったろう。

 

 逆説的にいえば、本当はピュアで真っすぐな新庄を「宇宙人」扱いするプロ野球界の方が、奇妙で閉鎖的な業界なのかもしれない。

 

(後編につづく)


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