全日本女子バレーボールチームの専属アナリスト渡辺啓太が代表理事を務める、一般社団法人日本スポーツアナリスト協会は21日、昨年6月に発足して以来初めてのカンファレンス「スポーツアナリティクスジャパン2014」を開催。最新の情報分析方法やその成果、今後の可能性についての発表が行なわれ、現場、メディア、教育など、多方面における貴重な話に、定員を大幅に超える約200名の参加者が熱心に耳を傾けた。
 アナリストに不可欠な“Players First”の精神

「これがトップチームなのか?」
 2004年、渡辺が初めて全日本女子チームのアナリストを担当した際、「情報分析・活用」への意識の低さに、驚きを隠せなかったという。
「04年と言えば、アテネ五輪があった年。その時の全日本は、分析における人・モノ・お金、すべてがないに等しい状態でのスタートだった」
 当時の全日本は情報分析について「ないよりはあった方がいい」というほどの認識しかなかった。そのため、専属アナリストどころか、過去のビデオがどこにあるかさえもきちんと把握されていない状態だった。

 一方、世界は1980年代から米国を中心に、データバレーが導入され始めていたというのだから、日本がいかに後れをとっていたかがわかる。
「日本もデータバレーを取り入れなければ、世界に追いつくことはできない」
 渡辺が全日本初の専属アナリストとなった06年、ようやく「情報収集」「データ分析」が本格的に導入されたのだ。12年ロンドン五輪での28年ぶりの銅メダル獲得への道は、そこから始まったと言っても過言ではないだろう。

 情報分析において、10年前は世界に後れをとっていた日本だが、今や世界のリーダー役と化している。09年から全日本女子の指揮を執る眞鍋政義監督と言えば、思い出されるのは世界のバレーボール界で初となったタブレットの導入だ。試合中にアナリストから送られてくる情報をタブレットで確認し、選手に指示を出す姿は、今やバレーボール界では見慣れた光景だが、日本が初めて導入した10年世界選手権では注目の的だったのだ。

「世界一の情報活用を武器にしよう」
その言葉通り、同大会で日本は32年ぶりとなる銅メダルを獲得した。その後、タブレットの導入が瞬く間に世界のバレーボール界に広がったことは言うまでもない。

 最近では、サッカーやラグビーのように、映像から選手やボールを画像認識するトラッキング技術がバレーボール界でも導入され始めたという。また、全日本の練習では実際に選手がどういうボールを追い方をしているのかなど、視覚による情報を分析しようと、ウェアラブルカメラを頭に装着し、その映像の分析も試行されている。
 眞鍋監督の下、「やることはすべてやってみる」「何もしなければ何も起こらない」「非常識を常識に」をモットーとする全日本女子では、こうして常に新たな可能性が模索されている。

 情報分析という点において、激動と言ってもいい10年間、全日本女子のアナリストを務めてきた渡辺は、最後にこう語った。
「あくまでも主役は選手であることを忘れずに、“Players First”という感覚を持つこと。選手にただ理路整然とデータを説明しても、受け入れてもらえない。大事なのはいかに選手の心を動かし、データ活用の重要性を説くかということ」
 アナリティクスとは、データを提供することが目的ではなく、選手が理解して初めてその価値が生まれる。

 ロンドンでの大金星に情報分析も貢献

 現在、全日本女子では選手全員にタブレットが配布され、データが共有されているという。いつでも好きな時に見たい映像を見ることができるため、その効果は大きい。それはバレーボール界に限らない。フェンシング男子フルーレナショナルチームのアナリストである千葉洋平も、タブレット導入の効果を感じている。

「これまでは選手が映像を見たい時には、僕のところに来ていた。その時いつも思っていたのは、データを提供する際に選手の時間や場所を制限したくない、ということ。その解決策として5年前から導入されたのが、タブレット。今では選手だけでなく、スタッフ全員に配布している」

 情報に触れる時間が圧倒的に増加したことによる成果は顕著だったという。その代表例が、ロンドン五輪だ。大会期間中、選手たちは各々、試合の合間などの時間を有効活用して映像を確認したり、団体戦の前にはタブレットを使ってのチームミーティングが行なわれた。そして選手やコーチの効果的な情報の活用もあって獲得したのが、団体戦での銀メダルだった。

 日本勢初のメダル獲得のために乗り越えなければならない最初のハードルが、中国との準々決勝だった。なかでもキーマンとなったのは、個人戦で金メダルに輝いていた193センチの長身、シェン・レイ。08年北京五輪以降、日本人選手が一度も勝っていなかった相手だった。ロンドン五輪までの2年間のデータでは、レイが日本人選手から挙げた得点の約8割をアタックが占めていた。20センチ以上も上回る長身によるリーチの長さの違いが、小柄な日本人選手を苦しめていたのだ。

 そこで千葉は、レイが失点するケースをすべて抽出。さらには体格が日本人に似通った選手からの失点を洗い出し、そこから連続失点のケースを絞り出すことで、レイが何を苦手としているのかをあぶり出した。
「ひとつの方法として、大きなデータをどんどん小さくしていくこと。取捨選択をして、勇気をもって捨てていく。そこから“なぜ、そうなったのか”という要因を検証していく方法がある」

 こうして千葉が分析したデータをコーチへ提供した結果、レイには細かなステップワークで距離をとり、何度もフェイントをかけながらタイミングを外し、カウンターで得点を重ねていくという対策が考案された。また、レイの攻撃が終わった瞬間に、意表を突くような攻撃が得点に繋がっていることもわかった。そこでチームミーティングで「個人戦で金メダルを獲った後だけに、なおさら気持ちが緩んでいるかもしれない。だったら、これまでの守り主体の戦法から、積極的に攻める戦法に変えて、相手の攻撃が終わった後、すぐに攻めてみよう」という作戦を用意して試合に臨んだ。これが的中し、日本は中国に勝利。その余勢を駆って、準決勝ではドイツとの大接戦を制し、日本は銀メダル獲得という快挙を成し遂げた。

 千葉は情報分析におけるポイントを次のように語った。
「単に情報を提供するのではなく、なぜそういう結果になったのか、そのプロセスを積み上げていくことが大事。そのプロセスを、選手やコーチと共有していきたい」

 “シンプル化”と“人材育成”の重要性

 一方、渡辺が述べた「Players First」というキーワードにもつながるのが、「データのシンプル化」である。ビジネス向けのソフトウェアを開発し、今年から日本のスポーツ・ビッグデータ市場に本格参入したSAPジャパンのチーフイノベーションオフィサー馬場渉は、成功を収めている企業の条件のひとつとして、「シンプル化」を挙げる。

「情報系が嫌われる最大の理由は、複雑だということ。専門用語を使って、ややこしくするのではなく、本質的なものを簡素化して表現することができるかどうかが重要」
 これはスポーツも同様だという。データを用いることによって戦略が複雑化すればするほど、勝利に直結するものがいったい何なのかが見えにくくなる。
「複雑性を助長するよりも、複雑なものをシンプルにすること」と説いた馬場は、一例として、元サッカー日本代表監督の岡田武史を挙げた。

「走るサッカーを掲げていた岡田さんが、走らない選手をどうやって走るようにしたか。もちろん単に『走りなさい』と言ったところで効果はない。そこで岡田さんが言ったのは『選手1人の平均走行距離は約10キロ。ということは、フィールドプレーヤー10人全員が、90分で1キロずつ増やせば、1人分(10キロ)増え、10人対11人というバーチャル的に有利な状況を生み出すことができる。そしたら勝つ可能性は高くなるんじゃないか』と。その後、走らなかった選手までもが練習や試合後に『今日は何キロ走った?』と計測を気にするようになった」

 また、馬場は定義や方法論よりも人材育成の方がはるかに重要だと述べた。
「“イノベーション”や“リーダーシップ”を例にすると、たいてい失敗する企業というのは “イノベーション”や“リーダーシップ論”を語ることに注力している。でも、実は成功への一番の近道は、“イノベーター”や“リーダー”を育てること。つまり人材が大事だということ。ぜひ“アナリティクス”ではなく、“アナリスト”の育成に目を向けてほしい」

 そのほか、スケート・ショートトラックナショナルチームを指導した経験を持ち、現在は日本スポーツ振興センターでマルチサポート事業のディレクターを務める河合季信は「アナリストが出すデータや提案によって、これまで自分たちでは気づかなかった新たな発見があるといった、チームが次のステージに進むことができるような付加価値を提供してほしい。データは一目瞭然でシンプルなものがいい。しっかりと選手が情報を理解できるようにすることも考慮していかないと、情報に埋もれて、意思決定することができなくなる」と、コーチやディレクターという立場から意見を述べた。

 また、分析は記録や確率といった数字の世界にとどまらない。日本スポーツ振興センターマルチサポート事業(パフォーマンス分析)及び日本卓球協会情報戦略グループの池袋晴彦は、ジュニア期のトップ選手を対象として、試合後に選手に感想を述べてもらうという、自身の修士論文の実験の中で新たな発見があったという。
「ある選手は『サービスからのラリーでは得点を取れたが、レシーブからのラリーでは取れなかった』と語っていた。しかし、客観的なデータを見てみると、レシーブからのラリーでもサービスからのラリーと同じくらい得点が取れていたり、むしろレシーブの方が取れていたりすることもある」
 選手が過大評価、過小評価していることは少なくなく、本人の感触とデータを照合させることによって見えてくるものもある。

 カンファレンス後には、キックオフパーティーが行なわれ、講演者と参加者が競技や分野の枠を超えた新たなネットワークを広げた。
 代表理事の渡辺は、今回のカンファレンスの意義をこう語る。
「スポーツアナリストの価値を向上させていくには、情報やデータが“あったらいいな”から、“不可欠なもの”と認識させていくことが大事。そのためにスポーツアナリティクスの可能性を広げ、あらゆる競技や業種、業界の枠を超えて未来を共創していきたい」
 スポーツの“勝ち”から“価値”へ、そして“競争”から“共創”へ――スポーツアナリティクスの発展が、日本スポーツ界のイノベーションとなる。

(文・斎藤寿子)