ボクシングのトリプル世界タイトルマッチが30日、東京体育館で行われ、WBOスーパーフライ級では挑戦者で同級8位の井上尚弥(大橋)が王者のオマール・ナルバエス(アルゼンチン)を2R3分1秒KOで下し、日本人最速となるプロ8戦目での2階級制覇を達成した。WBCライト級王座決定戦は帝拳ジム所属の同級1位ホルヘ・リナレス(ベネズエラ)が同級2位のハビエル・プリエト(メキシコ)を4R1分50秒KOで仕留め、3階級制覇を達成した。WBCライトフライ級王座決定戦では同級3位の八重樫東(大橋)が、同級1位のペドロ・ゲバラ(メキシコ)に7R2分45秒KOで敗れ、日本人2人目の3階級制覇はならなかった。
(写真:井上は立ち上がりから右ストレートが炸裂。ダウンを奪う)
<井上、絶対王者から4度ダウン奪う>

 会場はもちろん、日本中、いや世界中に衝撃を与える勝ちっぷりだった。KO負けはおろか、プロアマ通じて1度もダウンを喫したことがないというナルバエスが実に4度もリングに這いつくばった。

「夢じゃないですよね。目が覚めたら前日だったとか、ならないですよね(笑)」
 井上本人が試合後、驚きの表情をみせるほど、スーパー王者を完膚なきまでに叩きのめした。

 ナルバエスは46戦して、わずかに1敗。世界タイトルはフライ級王座を16度、スーパーフライ級を11度も防衛したキャリアを誇る。井上がいくら日本人最速のプロ6戦で世界王者となった怪物とはいえ、2階級上げて、いきなり激突するには大きすぎる壁だった。

 しかし、「最初に強いパンチを打って流れをつくりたかった」と父の真吾トレーナーが授けた作戦通り、右を打ち込むと、その壁は一気に崩れた。最初のパンチは王者のおでこに当たり、本人によれば「拳を痛めた」そうだが、そんな素振りを見せず、再び右を突き刺す。ナルバエスは腰から崩れ落ちた。

 この右ストレートは試合前からガードの堅いナルバエス対策として磨き上げたものだ。「大振りになるとガードの外から叩いてしまう。上から打ち下ろしてガードの真ん中に入れるイメージ」(真吾トレーナー)というパンチを試合開始から練習通りに実践し、なおかつダウンを奪った。これが怪物の怪物たる所以だ。

 さらに攻勢は止まらない。コーナーに詰めて左のフックを振るうと、ナルバエスは横倒しになり、1Rで早くも2度目のダウン。会場は一層、ヒートアップする。ただ、井上の頭の中は冷静だった。「とりあえず大差の判定勝ちを狙っていた」と無理に試合を決めようとせず、王者の反撃をかわし、1Rを終える。

 そして2R、テクニックでもレベルの高さを見せつけた。劣勢を挽回しようと前に出るナルバエスをうまくスウェーして避けながら、左をショートで放つ。これが完璧に相手の顔面をとらえ、3たびヒザをつかせる。世界戦を30試合も戦ってきた経験豊富なベテランに試合を立てなおす暇を与えない。フィニッシュブローは、こちらもナルバエス対策として用意していたボディだ。左でレバーを鋭くえぐると、王者は四つん這いに倒れ、もう観念したかのように立ちあがろうとしなかった。

 前戦まではライトフライ級で、井上は約10キロの減量に苦しんだ。2階級上げたことで「ファーストパンチでパンチの乗りが全然違った」と本人はパワーアップを実感している。

 39歳の絶対王者から21歳が、わずか2Rでベルトを奪い取り、今度は自らが歴史に残る名チャンピオンへ。かねてからの目標は具志堅用高が持つ日本人防衛記録(13回)の更新だ。試合終了のゴングは井上時代の本格到来を告げる合図のようにも聞こえた。

<八重樫、ボディに沈んで快挙逃す>

 最強挑戦者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)との激闘に敗れ、WBC世界フライ級のベルトを失って約4カ月。今度は3階級制覇に照準を合わせた八重樫だが、その目標は左ボディ一発で断たれた。
(写真:KO負けを喫し、しばらくは自力で立ち上がれなかった)

「情けないです。あんなんで倒れるとは思わなかった」
 敗者は無念の表情だった。

 決して容易な挑戦ではないことは本人も分かっていた。ミニマム級から飛び級でフライ級の王座を3度防衛。今回、そこから1階級下げて試合に臨んだ。戦前は「減量は順調」と明かしていたものの、30歳を超えた肉体への負担は大きかった。

 当初は距離をとりつつ、ステップインしながらパンチを当て、リズムをつかむ作戦をとろうとしていた。2Rには右ストレートを軽くヒットさせ、相手の右目の上を切る。だが、動きがいつもより鈍く、ゲバラに先手をとられるシーンが目立ち始める。被弾覚悟で頭を下げて突っ込む戦い方をせざるを得なかった。

 思うようにならない展開で不運も重なった。主催者側の不手際で、4R終了時の公開採点では2者が八重樫リードのポイントをつけていると発表されたにもかかわらず、実際はゲバラリードだったことが判明し、訂正された。「リング下でごちゃごちゃ言っているのは聞こえてきた」と本人も試合に集中しきれない部分があったという。松本好二トレーナーによると、インターバル中のリングに上がるセコンドの人数を巡ってもコミッションから注文をつけられ、リング周辺のトラブルにも振り回された格好だ。

 とはいえ、結果は結果である。あのロマゴンの強打で倒されても立ち上がった男が、7Rに左ボディを入れられて悶絶し、10カウントを聞かされたことは事実だ。本人は「今後はわからない」と再び3階級制覇に挑むかどうかは口にしなかった。以前より「ファンが望むなら、何度でも立ち上がる」と話していたファイターがボクサー人生の岐路に立たされた。

<リナレス、3年越しの挑戦で悲願達成>

「素晴らしい右ストレート」
 自画自賛のワンツーが相手をとらえ、プリエトがゆっくりと倒れる。待ち望んだ3階級制覇を豪快なKOで成し遂げた。

 2Rあたりから左ジャブ、フックで優位に立ち、得意の右を炸裂させる瞬間を狙っていた。参考にしたのは相手陣営の指示だ。ベネズエラ出身のリナレスの母国語はスペイン語。同じくスペイン語を使うメキシコのプリエトに対する青コーナーからの声をしっかりと聞いていた。

「相手コーナーの指示は全部わかった。“右だけは気をつけろ”と言っていた」
 そしてリナレス押し気味の中、相手陣営から「アデランタ(前へ)」との声が飛ぶ。これを逃さず、相手が前進し、距離が詰まったところへ左、右と叩き込んだ。

 17歳で帝拳ジムに入門して12年。日本は第2の故郷とも呼べる場所だ。これまで2階級を制覇してきたが、日本での世界戦は09年にファン・カルロス・サルカド(メキシコ)に敗れてWBAスーパーフェザー級のタイトルを失い、勝ったことがなかった。

 しかも、この試合でプロ初黒星を喫して以降、WBCライト級王座決定戦に敗れて3階級制覇を逃すと、再起戦にもKO負けして挫折を味わった。今回は約3年ぶりの再チャレンジでの悲願達成。「初めてチャンピオンになった気分」と喜びもひとしおだった。

<村田、完勝に「合格点」>

 プロ6戦目に臨んだロンドン五輪ミドル級金メダリスト・村田諒太(帝拳)はジェシー・ニックロウ(米国)に3−0の判定勝ちを収めた。立ち上がりからジャブを突き、ボディ、フックと上下に打ち分ける。序盤から完全に主導権を握った。
(写真:ガードを固める相手をコンビネーションで追い詰めた)

 6Rには突進してきた相手とのバッティングで左目の上と頬をカットするアクシデントが起きるも、動揺はみせず、村田ペースで試合は進む。ニックロウが時折繰り出す重いパンチもうまく回り込んでかわすなど、これまでと比べると柔らかさも兼ね備えた。

 前回は10Rを初めて戦い、後半はスタミナ切れを起こした。だが、この日は「手数が出せた」と本人が振り返ったように、最後まで動きは落ちなかった。終わってみれば、ジャッジ全員がフルマークをつける完勝。2試合連続でKO勝ちはできなかったものの、村田は「合格点」と自己採点した。

 KO決着を望んだファンからは「判定はダメよ〜ダメダメ」と流行語のヤジも飛んだが、これも期待の裏返しだろう。WBCミドル級9位までランキングを上げ、陣営では今後、米国進出、世界挑戦のプランを描いている。プロボクサーとして2015年は勝負の1年になりそうだ。

(石田洋之)